第6話 雑用の成果が評価される理由が分からない
翌朝、冒険者ギルドの掲示板の前で、俺は小さく首をかしげていた。
「……増えてる?」
雑用依頼の紙が、明らかに昨日より多い。
しかも、内容が似通っている。
『倉庫整理(手順書あり)』
『備品運搬(配置図参照)』
『清掃(動線に注意)』
手順書。配置図。動線。
(……あれ?)
俺は思い出す。
昨日、倉庫整理のあとで、カインさんに聞かれたのだ。
『どうやって、あんなに早く終わらせた?』
だから俺は、何でもないことを答えた。
『先に通路を作って、重い物は最後に運ぶだけです』
『埃が立つ前に濡れ布で拭くと楽ですよ』
『崩れそうな棚は、最初に支えを入れておくと安全です』
それを――
紙に書いて、ミレアさんに渡した。
ただ、それだけだ。
「……アルトさん?」
背後から声がして振り返ると、ミレアさんが立っていた。
今日は少し慌ただしそうで、書類を何枚も抱えている。
「おはようございます」
「おはようございます。あの、これ……」
俺は掲示板を指した。
「俺が書いたメモ、使われてます?」
「はい」
「……全部?」
「全部です」
即答だった。
「えっと……勝手に配ってよかったんですか?」
「むしろ助かりました」
ミレアさんは、少し困ったように笑う。
「雑用依頼って、事故が多いんです。
棚が倒れたり、荷物を落としたり……」
「そうなんですか?」
「でも、アルトさんの手順を使ったら、事故がほぼゼロになって」
……ゼロ?
「それで、ギルドマスターが」
「はい?」
「“これは共有すべきだ”と」
嫌な予感がする。
「まさか……」
「“アルト式雑用手順”として、正式に掲示しました」
……名前、いらなかった。
俺は思わず掲示板に近づき、紙をよく見る。
『※本手順は、Fランク冒険者アルト・レインの実践例を元に作成されています』
やめてほしい。
「ミレアさん、これ……消せません?」
「無理ですね」
「即答ですね」
「はい」
なぜか、誇らしげだった。
*
その日、俺は三件の雑用依頼を受けた。
倉庫整理、資材運搬、清掃。
全部、いつも通りにやっただけだ。
先に通路を確保して。
無理な力をかけないようにして。
危なそうなところは、最初に手を入れる。
――雑用の基本だ。
昼前には、全部終わった。
「……早すぎないか?」
倉庫前で、別の冒険者がぽつりと呟いた。
「昨日まで、半日仕事だったぞ」
「手順を変えただけです」
「それで、か?」
首をかしげる冒険者たち。
俺も首をかしげたい。
*
ギルドに戻ると、空気がまた変わっていた。
ざわざわ。
視線。
ひそひそ声。
「……アルトさん」
ミレアさんが、小声で呼ぶ。
「今度は何ですか……」
「雑用依頼の成功率が、急に上がりました」
「……雑用ですから」
「死亡率も、事故率も、半分以下です」
「……え?」
俺は言葉を失った。
「ギルドマスターが、会いたいそうです」
「またですか……」
*
ギルドマスター室。
大柄な男は、腕を組んだまま俺を見下ろしていた。
「アルト」
「はい」
「聞いたぞ。雑用依頼が“安全作業”になったそうだな」
「手順を整えただけです」
「それを“戦術”と呼ぶ」
……え?
「冒険者はな、戦闘だけじゃない」
「はあ……」
「準備、撤退、補給。全部含めて戦場だ」
ギルドマスターは、低く言った。
「君は、それを“雑用”だと思っている」
「違うんですか?」
「違う」
きっぱり否定された。
「だが――」
少しだけ、声が和らぐ。
「その認識のままでいい」
……いいのか。
「君が“雑用”を続ける限り、
ギルド全体の生存率は上がる」
「……そうですか」
「だから、続けろ」
それは、依頼だった。
*
ギルドを出ると、カインさんが壁にもたれて待っていた。
「噂、聞いたぞ」
「どんな噂ですか」
「“雑用で冒険者を生かす男”」
「やめてください」
即答すると、彼は苦笑した。
「なあ、アルト」
「はい」
「お前、自分が何をしてるか分かってないだろ」
「分かってますよ。掃除と運搬です」
カインさんは、遠い目をした。
「……そういうところだ」
*
夕方、宿に戻る。
小さな部屋。
静かな時間。
俺は今日のことを思い返し、反省会を始めた。
(今日は、少し急ぎすぎた)
(もう少し、周りの動きを見てから指示すればよかった)
(危ない場所、事前に全部見ておくべきだった)
メモを取りながら、ため息をつく。
(……まだまだだな)
その頃。
ギルドでは、別の反省会が開かれていた。
「雑用依頼の事故率、過去最低だ」
「新人の定着率も上がっている」
「戦闘前の消耗が減った」
誰かが言った。
「……アルトを中心に回してみないか?」
その提案に、沈黙が落ちた。
そして。
「いや。本人は“雑用係”だ」
「そうだな」
「なら、雑用として使おう」
全員が、同じ勘違いを共有した。
*
宿の窓から、夜の王都を眺める。
俺は小さく呟いた。
「うん……ちゃんと、役に立ててる気がする」
それが、どれほど大きなズレを生んでいるのか。
この時の俺は、まだ知らなかった。
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