第5話 雑用のはずが観測対象になる
冒険者ギルドの奥――来客用の応接室は、妙に空気が重かった。
長机を挟んで、俺の正面に座っているのは二人。
一人は、さっきミレアさんが言っていた通りの王宮魔導士。
もう一人は、見覚えのある騎士団の制服――昨日のユリウスさんだ。
(……雑用一件で、ここまで来る?)
俺は背筋を伸ばし、膝の上で手を揃えた。
こういう場では、姿勢が大事だと師匠に叩き込まれている。
「改めて名乗ろう」
王宮魔導士の女性が口を開いた。
淡い金髪を後ろで束ね、理知的な目をしている。
「私はセシリア。王宮魔導研究院所属だ」
「アルト・レインです」
名乗ると、セシリアさんは俺の指先、肩、視線の動きを一つ一つ観察するように見た。
……居心地が悪い。
「結論から言う」
セシリアさんは、はっきりと言った。
「あなたは“測定できない存在”だ」
「……はい?」
意味が分からない。
「魔力量、身体能力、反応速度、戦闘判断――どれも基準値の外」
「基準が古いだけでは……?」
「王宮基準だ」
即答だった。
ユリウスさんが、補足するように言う。
「昨日の街道での件、倉庫での一件、すべて報告が上がっています」
「……あれ、雑用と掃除なんですけど」
「その“雑用”が問題なのです」
なぜか、昨日と同じ流れだ。
俺は頭を掻いた。
「えっと……俺、前のパーティでは足手まといでしたし」
「そのパーティは《雷光の五人》だな?」
「はい」
「彼らが“足手まとい”と判断したのなら」
セシリアさんは、少しだけ口元を歪めた。
「それは、彼らの基準が異常だ」
初めて聞く評価だった。
「……そう、なんですか?」
「そうだ」
断言。
「だから我々は、あなたを“観測対象”とする」
「かんそく……?」
嫌な単語ばかり増えていく。
「実験ではない。監禁もしない」
「じゃあ、何ですか?」
「“何が起きるかを見る”」
……なお悪い気がする。
セシリアさんは、指を一本立てた。
「条件は一つ」
「はい」
「“意図的に力を隠さないこと”」
「無理です」
即答だった。
二人が、同時に俺を見た。
「いや、隠してるつもりはなくて……」
「だが、あなたは無意識に制御している」
「え?」
セシリアさんは、机に小さな魔法陣を浮かべた。
淡い光が揺れる。
「あなたが魔獣を殴った時、出力は“致死量の三分の一”だった」
「……え?」
俺は、その数字に首を傾げた。
「低すぎません?」
「高すぎる」
ユリウスさんが低く言った。
「普通の冒険者なら、全力でも致死量に届かない」
……そうなのか?
師匠基準だと、あれは“触れただけ”なんだけど。
セシリアさんは、真剣な顔で続ける。
「あなたは、“危険だから抑える”という判断を、無意識でやっている」
「雑用なので」
「意味が分からない」
きっぱり言われた。
「我々としては、あなたが“どこまで抑えているのか”を知りたい」
「知ってどうするんです?」
「国が壊れないようにする」
……物騒すぎない?
俺はしばらく考えた末、正直に言った。
「俺、目立ちたくないです」
「知っている」
「静かに雑用して、修行していたい」
「それも把握している」
全部バレてる。
「だから、提案だ」
セシリアさんは、少しだけ柔らかく笑った。
「あなたは、今まで通り“雑用”をしていればいい」
「……はい?」
「ただし、我々が“観測”する」
結局、そこに戻る。
「それでいいなら、国はあなたに干渉しない」
「……本当に?」
「本当にだ」
ユリウスさんも頷いた。
「ギルド登録もFランクのまま。依頼も自由」
「じゃあ……」
「ただし」
まただ。
「大きな事件が起きた時、逃げないでほしい」
「……雑用として、できる範囲なら」
「それでいい」
その“できる範囲”が、基準外だとは思われていないらしい。
話は、そこで終わった。
*
応接室を出ると、ミレアさんが廊下で待っていた。
「……大丈夫でした?」
「はい。たぶん」
たぶん、という言葉に彼女は不安そうに眉を下げる。
「本当に、すごいことになってますよ」
「そうですか……?」
俺には、よく分からない。
「でも」
ミレアさんは、小さく笑った。
「今日の依頼、ちゃんと評価は付きました」
「評価?」
「倉庫整理、最短記録です」
それは、素直に嬉しかった。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
彼女は一瞬言い淀んでから、続ける。
「……アルトさん」
「はい?」
「“普通”でいたいなら、たぶん……」
言葉を探すように、視線を彷徨わせる。
「無理しない方がいいですよ」
「無理、してますか?」
「してます」
即答だった。
俺は苦笑した。
「じゃあ……できるだけ、気をつけます」
「それが一番危ないんですけどね」
ぼそっと言われたが、聞こえなかったことにした。
*
夕方。
俺は、王都の安い宿に部屋を借りた。
騎士団の宿舎は丁寧に断った。あそこは落ち着かない。
小さな部屋。
硬めのベッド。
窓から見える街並み。
(……うん。これでいい)
今日一日を振り返る。
雑用をして、掃除して、話を聞かれて。
ちょっと騒がしかったけど、悪くない。
俺は、ベッドに腰掛け、手を握った。
(まだまだだな)
力も、判断も、心構えも。
師匠なら、まだ首を横に振るだろう。
だから――
「明日も、修行だ」
その呟きは、とても小さかった。
けれど同じ時刻。
王都の別の場所で、セシリアは報告書にこう記していた。
『対象:アルト・レイン
自己認識:極端に低い
危険度:測定不能
備考:本人は“雑用”を希望』
ペンを置き、深く息を吐く。
「……本当に、とんでもない人を拾ったわね」
彼女は窓の外、夕暮れの王都を見つめた。
この“雑用係”が、どこまで世界を揺らすのか。
その時は、まだ誰にも分からなかった。




