第4話 最低ランクなのに注目されすぎる
冒険者ギルドの登録手続きは、思った以上に時間がかかった。
いや、正確に言えば――俺のせいで、だ。
「……確認します。登録ランクは“F”」
「はい」
「特記事項、“要監視”」
「……はい」
「測定結果、“測定不能・参考外”」
「ちょっと待って」
思わず止めた。
「それ、書かなくてもよくない?」
「規定です」
「規定、怖いな……」
受付嬢のミレアさんは、真面目な顔で書類を書いているが、時々こちらをちらっと見ては、すぐに目を逸らす。
明らかに落ち着いていない。
「えっと……これで、登録は完了です」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
ようやく、普通の一歩を踏み出せた気がする。
……気がするだけかもしれないけど。
「では、こちらが冒険者証になります」
差し出された木札を受け取る。
最低ランクらしく、装飾も何もない。
(うん。これだ。こういうのでいい)
そう思った、その時だった。
「……え?」
背後が、やけに静かだ。
さっきまで騒がしかったホールの空気が、すっと冷えたような感覚。
視線が、背中に突き刺さる。
ゆっくり振り返ると――
冒険者たちが、全員こちらを見ていた。
「……あの人?」
「本当に、Fランク……?」
「昨日の噂の……」
噂?
昨日?
嫌な単語がいくつも聞こえる。
「……ミレアさん」
「は、はいっ」
「俺、何かやった?」
彼女は一瞬迷ってから、小さな声で答えた。
「き、昨日……王都南門近くで、黒牙狼を単独撃破した“無名の冒険者”がいるって……」
「もう噂になってるの!?」
「なってます……かなり」
早すぎない?
俺は思わず頭を押さえた。
(街道の出来事、そんなに広まるようなことだったかな……)
だが、冒険者たちの目は好奇心と警戒心が入り混じっている。
完全に、普通の新人を見る目じゃない。
「……とりあえず、依頼を見よう」
空気を変えたくて、依頼掲示板へ向かった。
*
掲示板には、様々な依頼が貼られている。
討伐、護衛、採取、運搬、清掃。
(あ、あった)
俺の目が止まったのは――
『倉庫の整理・掃除
報酬:銅貨三枚
ランク制限:F』
完璧だ。
俺は迷わず、その依頼票を剥がした。
「……それを受けるのか?」
低い声。
振り返ると、腕を組んだ冒険者が立っていた。
背が高く、筋肉質。装備は使い込まれているが、手入れが行き届いている。
中堅、といった雰囲気だ。
「はい。雑用得意なので」
「……噂と違うな」
「噂?」
また噂だ。
「黒牙狼を一撃で倒したって聞いた」
「たまたまです」
「測定器を壊したとも」
「古かっただけです」
「訓練人形を粉砕したとも」
「軽く触っただけです」
全部本当なのに、全然信じてもらえない。
男は、じっと俺を見つめた後、ふっと息を吐いた。
「……まぁいい。名は?」
「アルト」
「俺はカイン。Dランクだ」
カインさんは、掲示板を見上げる。
「倉庫整理か。地味だな」
「地味なのが好きなんです」
「……変わってる」
否定できない。
「一人で行くのか?」
「はい。掃除だけなので」
「……じゃあ、俺もついていく」
「え?」
予想外だった。
「見張りみたいなものだ。変な噂が立ってる新人を、一人で行かせると面倒になる」
「いや、でも……」
「ギルドマスターの許可は取る」
有無を言わせない雰囲気だ。
俺は、ため息を飲み込んだ。
(……雑用一つするのに、同行者がいるのか)
*
倉庫は、王都の外れにあった。
使われなくなった物資が積み上げられ、埃っぽい。
「掃除、運搬、仕分け。確かに雑用だな」
カインさんは周囲を見渡し、少し肩の力を抜いたようだった。
「よし、始めるか」
「はい」
俺はすぐに動き出す。
箱を運び、壊れた棚を片付け、埃を払う。
体が勝手に動く。
こういう作業は、考えなくていいから楽だ。
「……早くないか?」
背後から、カインさんの声。
「そうですか?」
「普通、二人がかりで半日かかる量だぞ」
「慣れてるだけです」
本当だ。
前のパーティでは、こういう裏方作業は全部俺の役目だった。
その時。
倉庫の奥で、がらり、と音がした。
「……誰かいる?」
カインさんが身構える。
俺も、反射的にそちらを見る。
暗がりから、影が動いた。
「……しまった。野良が入り込んだか」
出てきたのは、小型の魔獣。
倉庫に巣を作っていたらしい。
「アルト、下がれ」
カインさんが前に出る。
剣を抜く。
……あ。
この距離、この位置。
棚が崩れたら、危ない。
「待って」
俺は反射的に、床に落ちていた木箱を蹴った。
箱は滑るように魔獣の足元へ行き、バランスを崩させる。
同時に、棚が倒れかける。
「危ない!」
俺は駆け出し、棚を支えた。
……重い。
けど、落とすわけにはいかない。
「今のうちに!」
カインさんが魔獣を斬る。
一撃で、終わった。
静寂。
俺は棚を元に戻し、息を吐いた。
「……ふう」
振り返ると、カインさんが固まっていた。
「……今、何をした?」
「箱を蹴って、棚を支えただけですけど……?」
「……その“だけ”がだな……」
彼は額を押さえ、深く息をついた。
「噂、訂正だな」
「え?」
「“無名の英雄”じゃない」
嫌な予感しかしない。
「“雑用の化け物”だ」
……やめてほしい。
俺は、埃を払って言った。
「掃除、続けますね。まだ半分残ってるので」
「……ああ」
カインさんは、しばらく動けなかった。
*
依頼は、予定よりかなり早く終わった。
報酬の銅貨三枚を受け取り、俺は満足だった。
(よし。今日はちゃんと働いた)
ギルドへ戻る道すがら、カインさんがぽつりと呟く。
「なぁ、アルト」
「はい?」
「本当に、自分が普通だと思ってるのか?」
「普通……より、ちょっと不器用だとは思いますけど」
嘘は言っていない。
戦闘は苦手だし、目立つのも嫌いだ。
カインさんは、遠い目をした。
「……その認識、いつか誰かが泣くぞ」
「え?」
「いや、独り言だ」
ギルドが見えてくる。
その入口で、また視線が集まった。
さっきより、明らかに数が増えている。
(……増えてない?)
ミレアさんが、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「アルトさん!」
「はい?」
「ギルドマスターが……いえ、それだけじゃなくて……」
言葉を選びながら、続ける。
「騎士団の方と、王宮魔導士の方が……あなたを探しています」
「……なんで?」
ミレアさんは、はっきり言った。
「“雑用係のFランク”が、王都で一番話題になっているからです」
俺は、空を見上げた。
(……今日は、静かに終わらないな)
ただ掃除をしただけなのに。
どうしてこう、注目されるんだろう。
俺は冒険者証を握りしめ、小さく息を吐いた。
「……明日も、雑用できるといいな」
その願いが、どれほどズレているのか。
この時の俺は、まだ分かっていなかった。




