第33話 いなくても、回る日
その日は、最初から決まっていた。
アルト・レインは、学院に来ない。
*
「本日は、通常運用です」
朝の簡易ミーティングで、レオン=フェルディスが淡々と告げる。
「特別な指示はありません」
「アルトさんは?」
「別件です」
ざわつきは、ない。
以前なら、ここで小さな緊張が走っていた。
だが今は違う。
*
倉庫。
「通路、先に」
「重いのは後」
「急がなくていい」
声が自然に飛び交う。
誰も、周囲を見回して“答え”を探さない。
自分たちで決め、自分たちで動く。
*
午前中、小さな判断ミスがあった。
荷物の順番が入れ替わり、流れが止まる。
「一回止めよう」
「戻そう」
「今、何が一番楽?」
短い相談。
修正。
再開。
事故、ゼロ。
*
訓練場。
片付けの途中、意見が割れる。
「続ける?」
「休む?」
「……五分」
決定。
従う。
以前のような、視線の迷いはない。
*
昼。
「……今日は、静かだな」
補助員の女性が、ぽつりと呟く。
「アルトさん、いないのに」
「だから、じゃない?」
訓練生が、少し笑う。
「考えなきゃいけないし」
その言葉に、皆が頷く。
*
午後。
棚の奥で、箱が少し傾く。
「止めて」
「触らない」
「順番」
短い声。
短い動き。
箱は戻り、誰も怪我をしない。
*
作業終了。
「事故ゼロ」
「軽微停滞、三件」
「問題なし」
報告は、簡潔だ。
*
夕方。
アルトは、宿の部屋で一人、机に向かっていた。
(……今日は、行かなかった)
紙に書く。
(気になるけど、我慢)
(いなくても、回るならいい)
少しだけ、胸がざわつく。
(俺、必要あるのかな)
*
その頃、学院。
「今日の総括です」
レオンが、短くまとめる。
「アルト・レイン不在」
「事故ゼロ」
「判断、自立」
一拍置いて。
「十分です」
*
解散後。
補助員の女性が、小さく言う。
「……アルトさんがいなくても」
「大丈夫だったな」
「うん」
少しの誇らしさ。
少しの寂しさ。
*
夜。
アルトは布団に入り、天井を見つめる。
(いなくても回る)
(それなら)
小さく、息を吐く。
「……それでいい」
雑用係は、いないと困る存在であってはいけない。
それが、ずっと思っていたことだ。
*
同じ夜。
学院の窓辺で、レオンが静かに呟く。
「彼は、いなくても回る世界を望んでいる」
そして、付け加える。
「だからこそ、必要なのです」
*
翌朝。
アルトは、いつも通り学院へ向かった。
門をくぐり、倉庫へ向かう。
通路は整っている。
人の動きも、落ち着いている。
(……問題なし)
それを確認して、少しだけ笑った。
「今日も、雑用だな」
いなくても回る。
それでも、いる。
それが、今の距離だった。
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