第3話 王都で雑用を探すだけなのに
翌朝、騎士団の宿舎で目を覚ました。
……広い。
天井が高く、窓から朝日が差し込んでいる。
柔らかい寝台。ふかふかの毛布。清潔な床。
(あれ……? ここ、雑用係が寝る部屋じゃなくない?)
思わず起き上がって周囲を見回す。
どう見ても、来賓用だ。
俺は慌ててベッドから降り、布団を整えた。
癖だ。使わせてもらった以上、きれいにしないと落ち着かない。
着替えを済ませ、髪をまとめ、荷物を肩にかける。
よし。雑用探しに行こう。
扉を開けた瞬間、廊下に立っていた騎士と目が合った。
「おはようございます、アルト様」
「……おはよう。えっと、“様”はやめてほしいんだけど」
騎士は一瞬だけ困った顔をしたが、すぐに背筋を伸ばした。
「申し訳ありません。ですが、上からの指示で」
「上って……?」
俺が首を傾げていると、別の騎士が小走りでやってきた。
「アルト様、朝食の準備が整っています」
「朝食? 自分で何か作るよ?」
「いえ。騎士団食堂にて」
……あれ?
俺、ここに住むことになったんだっけ?
なんだか話がどんどん大きくなっている気がする。
でも、空腹なのは事実だった。
「じゃあ……いただきます」
*
騎士団食堂は、想像以上に広かった。
鎧姿の騎士たちが行き交い、朝の活気に満ちている。
その空気が――俺が入った瞬間、変わった。
ざわ、と音がした気がした。
「……あの人か?」
「本当に、普通の服だな……」
「でも、昨日の報告では……」
視線。
明らかに、俺に集まっている。
(やっぱり場違いだ……)
俺は壁際の空いている席に座り、できるだけ存在感を消そうとした。
出された朝食は、パン、スープ、卵、肉。
……豪華すぎる。
食べていいのか迷っていると、向かいに誰かが座った。
「おはよう、アルト」
低く落ち着いた声。
顔を上げると、昨日の顧問――バルドさんだった。
「おはようございます」
「固いな。ここでは普通にしていい」
そう言われても、相手が元英雄では普通になれない。
「よく眠れたか?」
「はい。ちょっと、良すぎるくらいで……」
「それは結構」
バルドさんは、俺の皿をちらりと見た。
「残すなよ」
「残しません」
即答すると、なぜか少し笑われた。
「さて。今日の話だ」
来た。
やっぱり、何かある。
「君には、王都で自由に過ごしてもらうと言ったな」
「はい」
「ただし、“何もしない”のは困る」
……それは、分かる。
「だから、仕事を紹介する」
「本当ですか?」
思わず身を乗り出した。
「雑用でもいい?」
「むしろ雑用だ」
その言い方に、少し引っかかりを覚えたが、深く考えないことにした。
「場所は、冒険者ギルドだ」
「ギルド?」
意外だった。
騎士団内の仕事かと思っていた。
「人手が足りていない。掃除、運搬、書類整理……君に向いている」
「助かります!」
即答だった。
ようやく、普通の生活に戻れそうだ。
バルドさんは、じっと俺を見てから言った。
「一つだけ条件がある」
「はい」
「“測定”を受けろ」
「……測定?」
嫌な予感しかしない。
「戦闘能力、魔力量、反応速度、その他諸々」
「い、いらないんじゃ……?」
「必要だ」
即断だった。
「最低ランクの雑用係として登録するためにもな」
「……それなら」
雑用係としてなら、仕方ない。
俺は渋々頷いた。
*
冒険者ギルドは、朝から賑わっていた。
依頼の張り紙。騒がしい冒険者たち。懐かしい空気。
(ここなら、大丈夫そうだ)
そう思った瞬間。
「……え?」
ギルドの入口で、受付嬢の女性が俺を見て固まった。
茶色の髪を後ろでまとめた、若い女性。
目が、明らかに見開かれている。
「……アルト、さん?」
「はい。えっと……何か?」
彼女は、ゆっくりと息を吸い――
「ちょっと待ってください」
そう言って、奥へ引っ込んだ。
(あれ? 俺、何かした?)
数秒後。
奥から、別の人物が出てきた。
大柄な男。白髪混じりの髭。傷だらけの顔。
――ギルドマスターだ。
「君が、アルト・レインか」
低い声。
圧がある。
「は、はい」
「測定室へ来い」
……早い。
俺は何が何だか分からないまま、奥へ案内された。
*
測定室。
中央に、水晶のような装置が置かれている。
見覚えがあった。魔力量測定器だ。
「軽く触れろ」
「はい」
俺は、そっと手を伸ばした。
次の瞬間。
――パキン。
乾いた音。
水晶に、ひびが入った。
「……あ」
やってしまった。
俺はすぐに手を離した。
「す、すみません! 古かったですよね!?」
「……」
ギルドマスターは、無言で水晶を見つめている。
受付嬢の女性が、震える声で言った。
「こ、これ……昨日交換したばかりの……」
沈黙。
俺は、慌てて頭を下げた。
「弁償します! 雑用で、ちゃんと――」
「いや」
ギルドマスターが、静かに言った。
「これは、壊れたのではない」
「……え?」
「“測り切れなかった”だけだ」
嫌な言い方だ。
俺は思わず後ずさった。
「次だ。反応速度」
床に描かれた魔法陣。
光が走る。
「合図と同時に、避けろ」
「はい」
光が弾けた。
……気づいたら、俺は部屋の端にいた。
「……え?」
自分でも、どう動いたのか分からない。
ただ、危ないと思って、避けただけだ。
「……記録不能」
「え、記録?」
受付嬢――ミレアさん、というらしい――が、震える手でメモを取っている。
ギルドマスターは、深く息を吐いた。
「最後だ。力試し」
「力試しもいるんですか……?」
嫌だ。
本当に嫌だ。
木製の人形が用意される。
訓練用だ。
「軽くでいい」
「本当に軽くですよ?」
俺は念を押した。
ギルドマスターは、無言で頷いた。
俺は、人形に近づき、棒で――
コツン、と叩いた。
……はずだった。
次の瞬間、人形は音もなく崩れ、床に散った。
粉々だ。
沈黙。
誰も、何も言わない。
俺は、頭を抱えた。
「……すみません。やっぱり、俺、雑用向いてないですよね……?」
ミレアさんが、ゆっくりと俺を見た。
目が、完全に泳いでいる。
「……いえ。その……」
「?」
彼女は、深呼吸してから、言った。
「アルトさん。
雑用係として登録するのは……ちょっと、無理かもしれません」
……え?
「で、でも、掃除とか……」
「そういう問題ではなくて……」
ギルドマスターが、静かに口を開いた。
「君を“最低ランク”で登録することは、できる」
「……できますよね?」
「ただし」
来た。
「“要監視”付きだ」
「……かんし?」
嫌な言葉だ。
俺は天井を見上げた。
(なんでこうなるんだ……)
ただ、雑用をしたいだけなのに。
俺はまだ、修行中なのに。
ギルドマスターは、重々しく言った。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。
アルト・レイン――“規格外”」
……最後の称号、いらない。
俺は、深いため息をついた。
王都での雑用生活は、どうやら一筋縄ではいかないらしい。
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