第29話 試しに、揺らしてみる
王都学院の朝は、相変わらず静かだった。
(……静かすぎるな)
俺は倉庫街を歩きながら、そう思った。
物音はある。人もいる。
だが、“引っかかり”がない。
昨日まであったはずの、小さな迷い。
立ち止まり、考える間。
それが、薄れている。
*
「アルトさん」
声をかけてきたのは、レオン=フェルディスだった。
いつもより、表情が硬い。
「少し、状況を見てもらえますか」
「はい」
案内されたのは、学院の北側倉庫。
最近、新しい資材が大量に搬入された場所だ。
*
一見すると、問題はない。
通路は確保されている。
配置も整っている。
人の動きも、落ち着いている。
(……整いすぎてる)
俺は、眉をひそめた。
*
「今日の作業、どう思われますか」
レオンが聞く。
「……安全です」
「それだけですか」
「……それだけ、なんですが」
言葉に詰まる。
「何か、嫌な感じがします」
「具体的には?」
「分かりません」
正直に答えた。
*
「では」
レオンは、静かに言った。
「少し、揺らしてみましょう」
「……揺らす?」
嫌な予感がした。
*
レオンは、職員に指示を出した。
「この列、少し配置を変えてください」
「順番も、逆に」
「時間指定は、外します」
見る見るうちに、“整った状態”が崩れる。
*
「……あ」
俺は、思わず声を漏らした。
人の動きが、遅れる。
視線が迷う。
誰かが、周囲を見る回数が増える。
それ自体は、悪くない。
だが。
*
「アルトさん」
訓練生が、不安そうに聞いてくる。
「この状態で……いいんでしょうか」
「……」
俺は、少し考えた。
「考えてください」
「え?」
「今、危ないですか?」
訓練生は、周囲を見回す。
「……危なくは、ないです」
「なら、続けましょう」
*
作業が、再開される。
最初は、ぎこちない。
だが、次第に人が話し合い始める。
「通路、狭いな」
「じゃあ、戻そう」
「順番、決めよう」
俺は、何も言わなかった。
*
十五分後。
現場は、別の形で落ち着いていた。
最初より、少し時間はかかる。
だが、人は考えている。
*
「どうですか」
レオンが、低く聞く。
「……いいと思います」
「何が?」
「“正解”が、一つじゃなくなりました」
レオンは、静かに頷いた。
*
「最近、学院は安定しすぎています」
「はい」
「それは、あなたがいるからです」
また、それだ。
「ですが」
「?」
「安定は、脆くもなります」
レオンの視線が、真剣になる。
「だから、あえて揺らす」
「……事故が起きない範囲で」
「ええ」
*
午後。
別の倉庫でも、同じことをした。
整えすぎない。
答えを置かない。
人が、考える余白を残す。
*
夕方。
小さな報告が上がる。
「事故、ゼロ」
「作業時間、微増」
「判断回数、増加」
レオンは、その紙を見て言った。
「健全です」
*
その日の夜。
俺は、宿で反省会をしていた。
(今日は、何も直さなかった)
(わざと、整えなかった)
(……それで、回っていた)
少し、不思議な気分になる。
(雑用って)
(直すだけじゃないんだな)
*
同じ夜。
王都の外れで、別の報告がなされていた。
「……揺れた」
「だが、崩れていない」
「むしろ、強くなっている」
影の一人が、低く笑う。
「……面白い」
「どうします?」
「まだ、触るな」
地図の上、王都を示す印を見つめながら。
「もう少し、観察する」
*
俺は布団に入り、目を閉じた。
「……雑用って、奥が深いな」
整えすぎない。
揺らして、考えさせる。
それが、次の修行だとは。
まだ、その意味の重さを、
俺は知らなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




