第26話 雑用係がいない時間
その日は、最初から決まっていた。
アルト・レインは、王都学院に来ない。
*
朝。
倉庫前に集まった選抜組は、互いの顔を見合わせていた。
「……今日は」
「ええ」
「アルトさん、来ません」
誰かが、念押しするように言う。
事前に通達はあった。
雑用指導は休み。
理由は「別件」。
それでも、空気は少し張りつめていた。
*
「始めよう」
最初に声を出したのは、補助員の女性だった。
「確認表は、昨日のままで」
「通路、先に作ろう」
「重いのは後」
言葉は、自然に出てきた。
誰も、アルトの名前を出さない。
*
作業は、進む。
止まる。
考える。
決める。
動きは少し遅いが、乱れはない。
(……やれてる)
誰かが、心の中でそう思った。
*
訓練場。
片付けの途中で、小さな判断ミス。
武器置き場が、やや混雑する。
「一回止めよう」
「順番、変える」
「……大丈夫だ」
声が重なる。
すぐに修正。
事故は起きない。
*
昼前。
報告が集まる。
「軽微な停滞、二件」
「事故、ゼロ」
「判断、問題なし」
数字だけ見れば、成功だった。
*
だが。
「……なんか、疲れません?」
訓練生の一人が、ぽつりと言った。
「分かる」
「考える量、多い」
「昨日より、頭使ってる」
それは、不満ではない。
むしろ、実感だ。
*
午後。
倉庫街で、小さなトラブル。
箱の積み直しで、時間を使いすぎた。
「急ごう」
「いや、落ち着こう」
「……アルトさんなら」
その名前が、出かけて――止まる。
「……今はいないな」
「自分たちでやろう」
言い直す。
*
夕方。
全作業が終わった。
大きな事故は、なかった。
だが、全員が少し疲れていた。
「……終わった」
「今日は、長かったな」
誰かが、笑う。
*
同時刻。
別の場所で、レオン=フェルディスが報告を受けていた。
「結果は?」
「事故ゼロ」
「依存度?」
「……名前は、何度か出ました」
レオンは、静かに頷く。
「ですが、行動には影響していません」
「合格ですか?」
「ええ」
一拍置いて。
「“雑用係がいない時間”としては」
*
夜。
アルトは、宿の部屋で反省会をしていた。
(今日は、学院に行かなかった)
(気になったけど、我慢した)
(……大丈夫だったかな)
紙に書いて、少し考える。
(でも)
(いない時間も、必要だ)
そう、結論づけた。
*
同じ夜。
王都学院の会議室。
「本日の評価」
「雑用係不在でも、最低限の安定は維持」
「ただし」
レオンは、最後にこう付け加えた。
「“彼が戻ってくる前提”で、
皆が無意識に踏ん張っています」
誰かが、苦笑する。
「……完全に手放すのは、難しいな」
「ええ」
レオンは、窓の外を見た。
「だからこそ、次が重要です」
*
アルトは、布団に入り、目を閉じた。
「……明日から、また雑用だな」
何も起きなかった一日。
それは、成功だった。
だが世界はまだ、
“彼がいなくてもいい世界”に、
慣れてはいなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




