第23話 雑用係を、増やそうという話
王都学院に通う三日目。
正直に言えば、慣れてきてしまった。
(……ここも、雑用の現場だな)
人が多い。
物が多い。
動きが交錯する。
違いは、規模が少し大きいだけだ。
*
「アルトさん」
倉庫前で、レオン=フェルディスが声をかけてきた。
「少し、時間をいただけますか」
「はい」
案内されたのは、小さな会議室だった。
机の上には、数枚の書類。
「本題から入ります」
レオンは、無駄のない口調で言った。
「雑用係を、増やしたい」
「……雑用係、ですか?」
思わず聞き返す。
「はい。あなたの代わりではありません」
「代わり?」
「“分担”です」
その言葉に、少し安心する。
(俺一人で回すのは、確かに無理だし)
*
「今の状態は、あなた一人に依存しています」
「……すみません」
「謝る必要はありません」
レオンは、はっきり言った。
「問題は、あなたが休んだ時です」
「……」
第14話が、頭をよぎる。
「ですから」
「はい」
「“雑用を考える人間”を、増やします」
考える。
その言い方が、少し引っかかった。
*
「具体的には?」
「数名を選抜し、
あなたと一緒に現場を回ってもらう」
「……弟子、みたいな?」
「いいえ」
即否定。
「“観測者”です」
「……?」
意味が分からない。
「あなたが何をしているか」
「はい」
「ではなく」
「……?」
「**何をしていないか**を学ばせたい」
その場の空気が、少し冷えた。
*
「俺、何もしてないですよ」
「それが、重要なのです」
レオンは、淡々と続ける。
「あなたは、
“危険がない状態”を選び続けている」
「……」
「それを、言語化せずに」
それは、褒め言葉なのか。
それとも――。
*
「アルトさん」
「はい」
「この提案、どう思われますか」
俺は、少し考えた。
(俺がいない時のため)
(事故が起きないように)
(雑用が回るなら)
悪い話では、ない。
「……引き継ぎ、ですよね?」
「そう考えていただいて構いません」
レオンは、わずかに微笑んだ。
「では、進めましょう」
*
午後。
集められたのは、五人。
職員二名、訓練生二名、補助員一名。
年齢も立場も違う。
「難しいことはしません」
俺は、いつもの言葉を繰り返す。
「危ないことを、減らすだけです」
「……はい」
皆、緊張している。
*
俺は、いつも通り歩いた。
倉庫。
訓練場。
通路。
特別な説明はしない。
止まる時だけ、止まる。
「……今、何を見ました?」
訓練生の一人が、小声で聞いてきた。
「通路です」
「通路の、何を?」
「人の流れ」
それだけ答えた。
*
だが、彼らの様子は違った。
俺が立ち止まると、全員が止まる。
俺が進むと、後ろが詰まる。
(……歩きにくい)
少し、困る。
「そんなに、気にしなくていいです」
「……はい」
だが、声が硬い。
*
夕方。
レオンが、選抜組の様子を見て言った。
「どうでしたか」
「……緊張してました」
「ええ」
彼は、記録用の紙に何かを書き込む。
「“真似ようとする”段階ですね」
「段階?」
嫌な単語が、また出た。
*
宿に戻り、反省会。
(今日は、人が多すぎた)
(歩きづらかった)
(もっと自然にさせないと)
紙に書いて、ため息をつく。
(……雑用係、増やすの難しいな)
*
その夜。
王都学院の会議。
「どうだった?」
「効果は?」
「……まだ」
レオンは、首を振った。
「“技術”は移せる」
「だが」
「“存在効果”は、移らない」
誰かが、低く言う。
「……やはり、代替不能か」
「今のところは」
レオンは、静かに結論づけた。
「だからこそ」
「?」
「時間をかけます」
*
俺は、布団に入り、目を閉じた。
「……増やすのも、修行だな」
雑用係を、増やす。
その試みが、
世界の歯車をさらに歪めていくことを。
俺は、まだ知らなかった。
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