第22話 教えた覚えは、ない
翌朝、王都学院の倉庫は妙に静かだった。
(……昨日より、落ち着いてる)
人は同じくらいいる。
物の量も変わらない。
それなのに、音が少ない。
ぶつかる音も、怒鳴り声もない。
足音だけが、一定のリズムで流れている。
(……やりやすいな)
それが、俺の正直な感想だった。
*
「おはようございます、アルトさん」
昨日一緒にいた訓練生が、深く頭を下げた。
反射的に、俺も頭を下げる。
「おはよう」
「今日も、お願いします」
「……雑用、ですけど」
なぜか、全員が頷いた。
*
俺は、昨日と同じように倉庫を回った。
ただ歩く。
ただ見る。
気になるところがあれば、立ち止まる。
特に何もなければ、そのまま通る。
「……今の、何か見ました?」
隣を歩いていた職員が、小声で聞いてきた。
「いいえ」
「え?」
「何もなかったので」
本当に、それだけだ。
*
だが、俺が通った後。
「今の通路、少し狭いな」
「じゃあ、箱ずらそう」
「順番、変えるか」
人が、勝手に動く。
俺は振り返らず、気づかないふりをした。
(……自分で気づいてるなら、それでいい)
*
訓練場でも、同じだった。
俺は何も言わない。
ただ、端に立って見ている。
「次、片付けるの誰?」
「三人ずつにしよう」
「待ち、先に道作る」
昨日、言ったことを。
いや、**言った覚えのないことまで**。
皆が、勝手に補っている。
(……俺、教えたっけ)
*
昼前。
レオン=フェルディスが、俺に声をかけてきた。
「アルトさん」
「はい」
「今日は、何か指示されましたか?」
「いえ」
即答。
「……一言も?」
「はい。危ないところが、なかったので」
レオンは、少し黙り込み――
それから、ゆっくり息を吐いた。
「なるほど」
*
昼休み。
職員たちの会話が、耳に入る。
「昨日、ああ言われたからな」
「いや、言われてない」
「……でも、分かるだろ」
「“あの人が何も言わない時”は、安全だ」
それは、違う。
(……違うんだけど)
*
午後。
小さな事故が起きかけた。
重い箱を持ち上げた拍子に、足を滑らせる。
「危な――」
声を出す前に、周囲が動いた。
「止めろ!」
「一回置け!」
「順番!」
誰も怪我をしなかった。
俺は、ただ見ていた。
(……よかった)
*
作業後。
レオンが、俺を別室に呼んだ。
「今日、あなたは何も教えていません」
「はい」
「ですが、昨日より安全です」
彼は、机に指を組む。
「これは、“方法”ではありません」
「……?」
「“基準”です」
俺は、分からない顔をした。
「人は、正解を一度知ると」
「はい」
「それを探し続けます」
レオンは、はっきり言った。
「あなたは、“探す基準”そのものになっている」
*
俺は、少し困ってしまった。
「でも……」
「はい」
「俺、雑用係ですよ」
「承知しています」
即答だった。
「だからこそ、危険なのです」
その言葉の意味は、
まだ、はっきりとは分からなかった。
*
夕方。
学院を出ると、空が赤く染まっていた。
(……今日、何かしたかな)
反省会を、頭の中で始める。
(説明してない)
(指示してない)
(ただ、見てただけ)
(……何もしてないな)
それが、結論だった。
*
夜。
宿で、いつもの紙の反省会。
(今日は、何も教えていない)
(なのに、皆が動いていた)
(俺がいる意味、あるのかな)
少しだけ、不安になる。
*
同じ夜。
王都学院の会議室。
「再現性、なし」
「だが、効果は確実」
「原因は?」
レオンは、静かに言った。
「“彼がそこにいる”ことです」
誰かが、喉を鳴らす。
「……それは」
「教育ではありません」
レオンは、結論を下した。
「環境依存型の、異常事例です」
*
俺は、布団に入り、天井を見つめた。
「……教えるって、難しいな」
教えた覚えは、ない。
だが世界は、また一歩、
俺を“基準”として固定し始めていた。
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