第21話 雑用指導の初日
王都学院は、思っていたよりも広かった。
(……人、多いな)
訓練場、倉庫、研究棟。
どこも人の出入りが激しく、動線が複雑だ。
俺は入口で立ち止まり、深く息を吸った。
(今日は、雑用の引き継ぎ)
(緊張する必要はない)
そう自分に言い聞かせる。
*
「こちらです、アルトさん」
案内してくれているのは、レオン=フェルディス。
相変わらず、落ち着いた歩き方だ。
「まずは倉庫からお願いします」
「分かりました」
倉庫に入った瞬間、違和感があった。
(……散らかってはいない)
(でも、落ち着かない)
物は整理されている。
だが、人の動きが噛み合っていない。
*
「ここで、何か気づくことはありますか?」
レオンさんが、さりげなく聞いてくる。
試されている気がしたが、深読みはしない。
「通路が多すぎます」
「……多すぎる?」
「はい。選択肢が多いと、迷います」
俺は、床を指差した。
「人が多い場所ほど、道は少ない方が楽です」
「なるほど……」
周囲にいた学院職員が、ざわっとする。
*
次は、訓練場。
剣、槍、魔法。
それぞれが、好きな場所で後片付けをしている。
(……危ない)
俺は、思わず声を上げた。
「すみません」
「はい?」
若い訓練生が、こちらを見る。
「片付け、同時にやらない方がいいです」
「え?」
「順番、決めた方が安全です」
彼らは顔を見合わせる。
「時間、かかりませんか?」
「事故より、早いです」
それだけ言った。
*
実際に順番を決めると、動きは一気に静かになった。
ぶつかりそうになる場面が、消える。
「……楽ですね」
「はい」
それが、雑用の目的だ。
*
昼前。
簡単な確認が終わったところで、レオンさんが言った。
「では、午後は“雑用指導”という形で」
「指導……」
「見せるだけで結構です」
嫌な予感がした。
*
午後、集められたのは十数名。
職員、訓練生、補助員。
立場はバラバラだ。
「難しいことはしません」
俺は、できるだけ穏やかに言った。
「危ないことを、減らすだけです」
「……それだけ?」
誰かが呟く。
「はい。それだけです」
それが、一番難しい。
*
俺は、簡単な作業を一つ、実演した。
重い箱を動かす前に、軽い物をどかす。
通路を確保する。
声をかけてから動く。
それだけ。
*
「質問はありますか?」
一瞬の沈黙。
やがて、一人が手を挙げた。
「……どうして、そこまで“先”を見られるんですか?」
その質問に、俺は首をかしげた。
「見てません」
「え?」
「今、危ないかどうかだけです」
正直に答えた。
*
レオンさんは、その様子を静かに見ていた。
(……やっぱり)
彼の目には、別の計算が浮かんでいる。
*
夕方。
初日の雑用指導は、無事に終わった。
「助かりました」
「事故、ゼロでした」
「片付け、早かったです」
次々に声をかけられ、俺は戸惑う。
「……雑用ですから」
それ以上、言いようがない。
*
帰り道。
「どうでしたか?」
レオンさんが聞いてくる。
「人が多くて、大変ですね」
「ええ」
彼は、少しだけ笑った。
「ですが――」
「?」
「今日一日で、学院の“空気”が変わりました」
俺は、首を振った。
「たまたまです」
「そうでしょうね」
だが、その目は否定していなかった。
*
夜。
宿で反省会。
(今日は、説明が多すぎた)
(もっと、見せるだけでよかった)
(初日は、難しい)
紙に書きながら、ため息をつく。
(……明日は、控えめにしよう)
その同じ夜。
王都学院では、別の報告が回っていた。
「事故件数、即日減少」
「作業効率、向上」
「原因:アルト式雑用指導」
誰かが言う。
「……これは、再現できるのか?」
「いや」
レオンは、静かに答えた。
「“彼がいる間だけ”だ」
その意味を、
俺だけが、まだ知らない。
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