第2話 雑用のつもりで保護される
「……保護?」
俺は思わず聞き返した。
若い騎士――たぶん騎士団の隊長格だろう――は、なぜか一瞬だけ言葉に詰まり、それから慎重に頷いた。
「はい。王都騎士団・第三隊所属、ユリウスと申します。
あなたが街道で“魔獣を単独撃退し、負傷者を即時回復した”との報告を受けました」
報告?
誰が?
さっきの御者さんか?
俺は慌てて首を振った。
「いや、あれは本当に偶然で……回復も応急処置だし、魔獣もたまたま当たり所が良くて……」
「……」
ユリウスさんは黙ったまま、俺の手元――さっきまで握っていた棒――を見た。
それから、周囲に倒れたままの魔獣の死体に視線を移す。
眉が、ほんの少しだけ引きつった。
「……確認させてください。あの魔獣、《黒牙狼》です」
「え?」
聞いたことがある。
街道には滅多に出ないが、出た場合は騎士団が小隊で対応する危険種。
「通常、下級騎士が三人がかりで対処します。
あなたは……一撃で倒したと?」
「い、いや……倒すつもりはなくて。止めようとしただけで……」
本当だ。
逃げてくれればよかった。
俺がそう言うと、後ろで御者さんが、か細い声で口を挟んだ。
「い、一撃でした……。音も、ほとんど……」
やめてほしい。
そんな正直に言わなくていい。
ユリウスさんは、ゆっくりと深呼吸した。
まるで、自分を落ち着かせるみたいに。
「……分かりました。事情は王都で詳しく伺います」
「王都!?」
思わず声が裏返る。
「ちょ、ちょっと待って。俺、仕事探してて……街で雑用でもしようと思ってただけで……」
「その“雑用”が問題なのです」
ユリウスさんは真顔だった。
「あなたの行動は、すでに“国家安全案件”に該当します」
……え?
俺、何した?
頭が追いつかない。
ただ人を助けて、危ない魔獣を止めただけだ。
それだけで、国家?
「拒否権は……?」
「ありません」
即答だった。
俺は思わず空を仰いだ。
雲は相変わらずのんびり流れている。
さっきまで、雑用探しの心配をしていたのに。
人生って、こんなに急におかしくなるものなのか。
*
結局、俺は騎士団の馬車に“丁重に”乗せられた。
御者さんと娘さんは、別の街の医師に引き渡され、何度も何度も頭を下げられた。
娘さんは、最後に俺の手を握って言った。
「おにいちゃん、またね」
「……うん」
その「またね」が、なんだか遠い。
馬車の中は、妙に静かだった。
向かいに座るユリウスさんは、何度も俺を盗み見るように視線を送ってくる。
「……あの。俺、逃げたりしないから、そんなに警戒しなくていいよ?」
「いえ。警戒というより……確認です」
確認?
何を?
「あなたは……本当に、ご自分を“雑用係”だと思っているのですか?」
変な質問だ。
「思ってるも何も。実際そうだったし」
「“だった”?」
「つい昨日まで、最強パーティの雑用係をやってた」
俺がそう言うと、ユリウスさんは完全に固まった。
「……最強パーティ?」
「《雷光の五人》。知ってる?」
知ってるも何も。
王都公式認定の魔王討伐候補だ。
ユリウスさんは、ゆっくりと額に手を当てた。
「……失礼ですが、そのパーティでのあなたの役割は?」
「荷物持ち、準備、回復と補助少々」
正直に答えた。
盛ってない。
「戦闘参加は?」
「前に出ると邪魔になるから、基本は後ろ」
沈黙。
馬車の車輪の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……そのパーティは、あなたを“追放”したのですか?」
「うん。戦力外だって」
俺は苦笑した。
「まぁ、正しい判断だと思うよ。基準が高すぎた」
ユリウスさんは、何か言いかけて、やめた。
代わりに、深いため息をつく。
「……王都が荒れる理由が、分かってきました」
え?
何の話?
*
王都に着いたのは、夕方だった。
高い城壁。人の多さ。行き交う騎士と商人。
その一角、騎士団本部へ案内される。
正直、落ち着かない。
俺みたいな雑用人間が来る場所じゃない。
応接室に通され、しばらく待たされた後、扉が開いた。
「失礼する」
入ってきたのは、年配の騎士だった。
傷だらけの顔。背筋はまっすぐ。
一目で分かる――歴戦。
「私はバルド。騎士団顧問だ」
……あ。
この人、噂で聞いたことがある。
元・英雄。
「君が、アルト・レインか」
「はい……」
バルドさんは、じっと俺を見た。
視線が、剣みたいに鋭い。
「確認する。
街道での回復は、詠唱なし。
魔獣撃退は、即応。
馬車持ち上げは、単独。
――間違いないな?」
俺は小さく頷いた。
「でも、全部“まだ足りない”と思ってます」
そう言うと、部屋の空気が止まった。
ユリウスさんが、思わず声を漏らす。
「……顧問。やはり……」
バルドさんは、口元だけで笑った。
「なるほど。分かった」
……え?
何が?
「安心しろ。君を裁いたりはしない」
「ほ、本当ですか?」
「むしろ逆だ」
バルドさんは、椅子に腰を下ろし、俺に向かって言った。
「君には、しばらく王都で過ごしてもらう。
雑用でも、修行でも、好きにすればいい」
拍子抜けした。
「……それだけ?」
「それだけだ」
そして、付け加える。
「ただし――」
嫌な予感。
「君の行動は、すべて我々が“観測”する」
観測?
まるで実験対象みたいな言い方だ。
「なぜなら」
バルドさんは、はっきりと言った。
「君は、自分が思っているよりも、ずっと危険だ」
……危険?
俺が?
「えっと……雑用として、ですか?」
「そう思っているなら、それでいい」
バルドさんは立ち上がり、扉へ向かう。
「今日は休め。明日から、街の仕事を紹介しよう」
「は、はい……?」
話が早すぎて、ついていけない。
扉が閉まる直前、バルドさんは振り返った。
「一つ忠告しておく」
低い声。
「“普通”を装うのは構わん。
だが、君の“普通”は――すでに、この国の基準ではない」
扉が閉まった。
俺は、しばらく動けなかった。
(……なんでだ?)
追放されたはずなのに。
雑用を探すつもりだったのに。
気づけば、騎士団に保護され、監督される立場になっている。
俺は椅子に深く座り込み、天井を見上げた。
「……本当に、変なことになってきたな」
でも。
胸の奥で、小さな火が灯っているのを感じた。
――修行の続き、できるかもしれない。
俺は、まだ半人前だ。
だから、ちゃんと学ばないと。
この王都で。
そう思っている時点で、たぶんもう、ズレているんだろうけど。




