第19話 噂が“正解”として扱われ始める
朝の冒険者ギルドは、いつもより静かだった。
いや、正確に言うと――
音はあるのに、ざわつきがない。
(……落ち着いてるな)
俺はそう感じながら、掲示板に向かった。
雑用依頼は、さらに減っている。
その代わり、目に付くのは――
『事前確認済』
『安全確認完了』
『段取り確認済』
……確認済?
(誰が?)
首をかしげながら見ていると、後ろから声がした。
「アルトさん」
振り返ると、ミレアさんだ。
今日はなぜか、少し疲れた顔をしている。
「おはようございます」
「おはようございます……その、ちょっといいですか」
*
受付横の小さな机で、ミレアさんは書類を広げた。
「最近、依頼を受ける前に確認が入るようになっているの、気づいてます?」
「はい。紙が増えましたよね」
「ええ……それが」
彼女は、ある欄を指差した。
『確認方法:アルト基準』
……基準?
「ミレアさん」
「はい」
「俺、何か基準作りました?」
「作ってません」
「ですよね」
即答だった。
「でも、使われてます」
「……どうして?」
ミレアさんは、少し困ったように笑った。
「“今まで事故が起きなかったやり方”だから、です」
「それ、偶然ですよ」
「偶然が、ここまで続くとですね」
一拍置いて。
「“正解”として扱われるようになるんです」
……正解。
重い言葉だ。
*
その日、俺が受けた雑用は一件だけだった。
『倉庫群・簡易巡回(報告のみ)』
巡回。
見るだけ。
何も起きないのが前提。
俺は倉庫街を歩きながら、いつも通り確認する。
(通路、問題なし)
(積み方、安定してる)
(人の流れ、スムーズ)
特に、書くこともない。
(……いいことだよな)
問題がないなら、それが一番。
*
昼前。
巡回を終えて戻る途中、冒険者たちの会話が耳に入った。
「今日の依頼、どうだった?」
「問題なし」
「アルト基準?」
「ああ。確認してから入った」
……俺、いなかったけど。
「なら大丈夫だな」
「うん。“正解”だし」
その言葉に、足が止まりそうになる。
(……正解、か)
*
ギルドに戻ると、カインさんが腕を組んで待っていた。
「なあ、アルト」
「はい?」
「最近、自分がいなくても現場が回ってるって思わないか?」
「思います」
素直に答えた。
「いいことですよね」
「……ああ」
だが、カインさんの表情は複雑だった。
「ただな」
「はい」
「皆、“正解が一つ”だと思い始めてる」
「それ、悪いことですか?」
雑用には、楽なやり方がある。
それが共有されるなら、いいことじゃないか。
そう思った。
カインさんは、少しだけ視線を逸らした。
「正解が固定されると、
“考えなくなる”やつも出てくる」
「……あ」
それは、確かに。
*
午後。
小さな倉庫で、軽い相談を受けた。
「この配置でいいと思いますか?」
「問題ないと思います」
「アルトがそう言うなら」
その一言が、妙に引っかかった。
「……俺じゃなくても」
「いや」
相手は、はっきり言った。
「“正解”を知ってる人に聞きたい」
それは、評価じゃない。
依存に近い。
(……よくないな)
*
夕方。
ギルドマスター室。
「アルト」
「はい」
ギルドマスターは、静かに言った。
「噂が、“判断基準”に変わり始めている」
「……すみません」
「謝るな」
また、それだ。
「これは、自然な流れだ」
「でも……」
「問題は、“誰も疑わなくなること”だ」
俺は、少し考えた。
「じゃあ……」
「うむ」
「俺、前に出ない方がいいですね」
「……君は、本当にそういうところだな」
呆れたように、だが少し笑っていた。
*
その夜。
俺は宿で、いつもより長い反省会をしていた。
(最近、見られすぎている)
(“正解”だと思われている)
(それ、危ない)
紙に書いて、深く息を吐く。
(……間違えることも、大事だよな)
その頃。
王都の別室で、セシリアは新しい報告をまとめていた。
『現象:アルト基準の固定化』
『問題点:思考停止の誘発』
『対策案:本人を前面に出さない』
最後に、こう書き添える。
『結論:
本人が“雑用係”である限り、
均衡は保たれる可能性が高い』
*
俺は布団に入り、目を閉じた。
「……正解って、難しいな」
雑用は、正解を押し付けるためのものじゃない。
楽に、静かに、問題が起きないようにするだけ。
それだけでいいはずなのに。
世界は、勝手に答えを作り始めていた。
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