第17話 過剰解釈が始まる
翌朝、ギルドに入った瞬間、俺ははっきりとした違和感を覚えた。
(……視線、多くないか?)
騒がしいわけじゃない。
むしろ、静かだ。
だが、目が合う。
合った瞬間、逸らされる。
その繰り返し。
(……また何かやった?)
心当たりは、昨日の市場裏手くらいだ。
確認して、箱を動かして、終わり。
――雑用だ。
*
受付に向かうと、ミレアさんが珍しく険しい顔をしていた。
「おはようございます」
「……おはようございます、アルトさん」
間があった。
「何か、ありました?」
「いえ……その……」
言葉を選んでいる。
「最近、“考察”が増えてまして」
「考察?」
「アルトさんの、です」
嫌な単語が出た。
*
その頃、王宮魔導研究院。
白い部屋で、魔法陣がいくつも浮かんでいる。
中央に立つのは、セシリアだった。
「アルト・レインの行動記録、最新分を」
助手が、書類を差し出す。
「市場裏手、仮設倉庫」
「作業時間、十分」
「事故、未然回避」
淡々と並ぶ事実。
だが、セシリアはそこに線を引いた。
「……共通点がある」
誰に向けるでもなく、呟く。
「彼は、“何も起きない状態”を先に作っている」
「偶然では?」
「偶然にしては、再現性が高すぎる」
彼女は、新しい紙を広げた。
『アルト・レイン行動仮説』
その文字の下に、こう書く。
『目的:被害最小化』
『手段:事前配置・動線整理』
『結果:事故発生率の消失』
ペンを止め、眉をひそめる。
「……いや」
首を振った。
「“被害最小化”ですらない」
「彼の基準は――」
少し考えてから、書き足す。
『被害ゼロが前提』
*
一方の俺。
ギルドの奥で、依頼票を眺めていた。
『事前確認・市場周辺』
『簡易巡回・倉庫群』
『配置相談・随時』
……巡回?
(これ、依頼っていうより……)
考える前に、声をかけられた。
「アルト、少しいいか」
振り返ると、カインさんだった。
表情が、いつもより真剣だ。
「最近、変な話が回ってる」
「噂ですか」
「それもあるが……」
声を落とす。
「“アルトは、意図的に危険を操作している”って」
「……操作?」
意味が分からない。
「起こるはずの事故を、
“起こらない形に誘導している”って解釈だ」
「……雑用です」
「分かってる」
だが、と続ける。
「分かってない人間が、増えてきてる」
*
昼前。
簡易巡回の依頼で、倉庫街を歩く。
ただ見る。
通路、積み方、人の流れ。
気になるところを、紙に書く。
(ここ、混みやすいな)
(ここ、足元悪い)
(ここ、見落としやすい)
それだけだ。
なのに。
通りがかりの職員が、ひそひそと話す。
「あの人が通った場所、後で事故が起きてない」
「……気づいてるんだよな」
「何を?」
「“起こり得る未来”を」
やめてほしい。
*
午後。
ギルドマスター室。
「アルト」
呼ばれて、椅子に座る。
「最近、周囲が君を“考えすぎている”」
「……すみません」
「謝るな」
即座に否定された。
「これは、我々の問題だ」
「……?」
ギルドマスターは、低い声で言う。
「人は、“結果が続く”と理由を探す」
「はい」
「理由が見つからないと、
“意図”を作り出す」
なるほど。
……なるほど?
「君は、意図していない」
「はい」
「だが、結果だけは完璧だ」
それが、問題だという。
*
夜。
俺は宿で反省会をしていた。
(今日は、巡回が多かった)
(見すぎたかもしれない)
(目立たないようにした方がいい)
紙に書いて、ため息をつく。
(……静かに雑用したい)
その同じ時間。
セシリアは、別の結論に辿り着いていた。
「アルト・レインは――」
報告書に、こう記す。
『無意識に“最適解”を選び続ける存在』
『本人の認識と、世界の評価に致命的乖離あり』
ペンを置き、窓の外を見る。
「……過剰解釈、ね」
だが、その解釈が、
この先さらに歪んでいくことを。
彼女は、まだ知らなかった。
*
俺は布団に入り、目を閉じた。
「……噂、早く消えるといいな」
そう願いながら。
だが噂は、消えるどころか、
“理論”へと変わり始めていた。
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