第16話 小さな依頼、大きな結果
その日の雑用依頼は、本当に小さなものだった。
『市場裏手・仮設倉庫の確認
※短時間・軽作業』
(……確認、か)
最近、この手の依頼が多い。
掃除でも運搬でもなく、「見るだけ」。
雑用としては、正直ちょっと物足りないが、
仕事があるだけありがたい。
*
仮設倉庫は、市場の裏にあった。
木組みの簡易な建物で、野菜や干し肉、香辛料が保管されている。
人通りも多く、活気がある。
一見、問題はなさそうだった。
(……でも)
俺は、足を止めた。
通路が、少し狭い。
荷車がすれ違うには、ぎりぎりだ。
倉庫の入口付近には、重そうな木箱が積まれている。
しかも、角度が悪い。
(これ……崩れたら)
市場の人混みの方へ、転がる。
嫌な想像が浮かび、俺は無意識に眉をひそめた。
*
「すみません」
近くにいた商人に声をかける。
「はい?」
「この箱、少し動かしてもいいですか」
「え? ああ、構わないが……」
俺は、箱を一つずつずらし、
入口付近の動線を広げた。
ついでに、荷車が通る位置に、
軽く目印を置く。
(……これで)
大丈夫な、はず。
作業時間は、十分もかからなかった。
「もう終わりか?」
「はい。特に問題なかったので」
「そうか。助かるよ」
商人は、気軽に礼を言った。
*
依頼は、それで完了だった。
拍子抜けするほど、何も起きない。
俺はギルドへ戻る途中で、首をかしげた。
(……これで、報酬もらっていいのかな)
だが、雑用は雑用だ。
確認して、問題を潰した。
それだけ。
*
その日の夕方。
ギルドが、少しざわついた。
「……聞いたか?」
「市場で、事故が起きかけたらしい」
「起き“かけた”?」
耳に入ってきた会話に、足が止まる。
「荷車が暴走しかけたが、
通路が確保されてて、事なきを得た」
「箱も固定されてたとか」
「……誰がやった?」
その問いに、答えが出る前に、
俺はそっとその場を離れた。
*
受付で報告書を書いていると、
ミレアさんが慌ててやってきた。
「アルトさん!」
「はい?」
「今日、市場で――」
「仮設倉庫の確認ですよね」
「……はい」
彼女は、一瞬言葉に詰まる。
「実は、あの後……」
「事故、起きました?」
「いいえ!」
勢いよく否定された。
「起きなかったんです」
「……それなら、よかった」
本心だった。
*
話を聞くと、こうだ。
市場で荷車がぶつかり、
積み荷が崩れかけた。
だが、通路が広く取られていたため、
人に当たらず止まった。
もし、入口付近に箱が残っていたら。
もし、目印がなかったら。
「……大惨事だったかもしれません」
ミレアさんは、真剣な顔で言った。
「でも、アルトさんが確認してくれていた」
「たまたまです」
「“たまたま”で済ませないでください」
珍しく、少し強い口調だった。
*
その日の夜。
王都の別の場所で、短い報告がまとめられた。
『市場裏手にて、事故未遂
原因:事前対策により回避
関与者:アルト・レイン』
セシリアは、報告書を読み、静かに息を吐いた。
「……やっぱり」
“結果だけ見れば、完璧”。
それが、彼女の結論だった。
*
同じ頃、俺は宿で反省会をしていた。
(今日は、確認が遅かったかもしれない)
(もっと早く気づいていれば)
(箱の位置、もう少し工夫できた)
紙に書きながら、ため息をつく。
(……小さな依頼でも、油断できないな)
それが、今日の教訓だった。
小さな雑用。
小さな確認。
その積み重ねが、
どれほど大きな結果を生んでいるか。
俺は、まだ気づいていなかった。
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