第15話 雑用相談が増えている
翌朝、体はすっかり軽くなっていた。
(……よし)
無理は禁物だが、今日は動ける。
俺はいつもより少し早めに宿を出て、ギルドへ向かった。
*
扉を開けると、空気が違った。
騒がしくはない。
だが――視線が、ゆるやかに集まってくる。
「……おはようございます」
挨拶すると、あちこちから返事が返った。
その数が、いつもより多い。
(……気のせい、だよな)
掲示板を確認すると、雑用依頼は相変わらず少なめだ。
だが、依頼票の横に、見慣れない紙がいくつか貼られている。
『事前相談・可』
『軽微確認・随時』
……相談?
「ミレアさん」
「はいっ」
即答だった。
「これ、何ですか?」
「その……雑用依頼の前に、
“ちょっと聞いておきたい”って方が増えまして」
「聞く?」
「はい。段取りとか、配置とか……」
それ、依頼じゃなくて――
「相談、ですよね」
「はい」
なぜか、申し訳なさそうだった。
*
最初に声をかけてきたのは、見覚えのある冒険者だった。
「アルト、ちょっといいか」
「はい?」
倉庫担当の中堅冒険者だ。
「この資材運搬なんだが」
「はい」
「順番、どっちがいいと思う?」
俺は、荷物と通路を一瞥する。
「先に軽いのを奥に入れて、
重いのは入口近くに残した方が楽だと思います」
「理由は?」
「詰まると、持ち直しが大変なので」
ただ、それだけだ。
「……なるほど」
彼は深く頷き、去っていった。
*
次は、騎士だった。
「訓練後の片付けでな」
「はい」
「人が多い時、どう分ける?」
俺は少し考える。
「使った順に戻すと、ぶつかりにくいです」
「戦列じゃなくて?」
「動線です」
騎士は、目を丸くした。
「……確かに」
*
気づけば、相談は途切れなかった。
「この棚、どこに?」
「撤退路、ここでいいか?」
「作業時間、どれくらい見積もる?」
俺は、できるだけ短く答える。
技術の話はしない。
魔法も、戦闘も、力の話も。
ただ、段取りと順番。
*
昼過ぎ。
ようやく一息ついたところで、カインさんが近づいてきた。
「……忙しそうだな」
「雑用、減ったはずなんですけど」
「“雑用の前”が増えた」
的確すぎる。
「俺、そんなに頼られてます?」
「頼られてる、っていうか」
カインさんは、少し言いづらそうに続ける。
「“聞いておけば安心”って扱いだな」
「……それ、重くないですか」
「普通はな」
普通は。
*
その日の雑用は、実質一件だけだった。
小さな倉庫の確認。
十分で終わる。
だが、相談は十件以上。
(……これ、雑用なのか?)
いや、雑用だ。
仕事が円滑に進むなら、それでいい。
*
夕方、ミレアさんが帳簿を閉じながら言った。
「今日、相談件数、過去最多です」
「……すみません」
「謝るところじゃありません」
彼女は、少し困ったように笑う。
「でも、皆さん言ってます」
「何て?」
「“先に聞いておけば、怖くない”って」
……怖い?
「作業が?」
「失敗が、です」
なるほど。
*
その夜。
俺は、いつもの反省会をしていた。
(今日は、相談に乗りすぎた)
(もう少し、相手に任せるべきだった)
(俺がいなくても回るようにしないと)
紙に書いて、ため息をつく。
(……雑用、奥が深すぎないか)
*
一方、ギルドの別室。
「アルトへの事前相談、定着し始めている」
「事故発生前に、判断が済む」
「結果、動きが軽くなる」
誰かが言う。
「……これ、もう“雑用”じゃないな」
「いや」
別の声が、静かに答えた。
「本人が“雑用”だと思っている限り、雑用だ」
*
宿へ戻る途中、夜風に当たりながら、俺は思った。
「聞かれるのも、仕事か……」
そう納得しようとした、その背後で。
世界はまた一段、俺を“前提”に組み替えていた。
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