第14話 アルトがいない日
朝、目を覚ました瞬間に分かった。
(……だるい)
頭が重く、体が思うように動かない。
無理をした覚えはないが、ここ数日、少し張り切りすぎたのかもしれない。
「……今日は、休もう」
雑用係としては不本意だが、倒れて迷惑をかける方がよくない。
俺はそう判断し、ギルドに行かないことにした。
*
その頃、冒険者ギルド。
「……アルト、来てないな」
掲示板の前で、カインが腕を組んでいた。
「休みだそうです」
「珍しいな」
ミレアは少しだけ不安そうに言う。
「朝、連絡がありました。体調不良だそうで」
「そうか……」
それだけの話。
――の、はずだった。
*
午前中。
旧東倉庫での雑用依頼。
確認表に従い、作業は順調に進んでいた。
「通路、確保よし」
「固定、問題なし」
「じゃあ――」
その時。
棚の奥から、小さな音がした。
「……あ?」
気づくのが、半拍遅れた。
箱が崩れ、床に落ちる。
大きな事故ではない。
だが、誰かの足元に、重い木箱が転がった。
「危ない!」
間一髪で避ける。
怪我人は出なかった。
だが、現場に微妙な沈黙が落ちた。
「……今の」
「手順は守ってたよな?」
「でも……」
誰かが、ぽつりと言う。
「……アルトなら、気づいてたか?」
*
別の現場。
資材運搬の途中で、通路が少し詰まる。
「一度止まろう」
「いや、行けるだろ」
「……いや、やめよう」
結局、慎重に対処して問題は起きなかった。
だが、作業後の空気が違った。
「なんか……落ち着かねぇな」
「だな」
「いつもより、神経使った」
それは、悪いことではない。
むしろ、安全意識が高い証拠だ。
だが同時に、皆が気づき始めていた。
“何か”が、足りない。
*
昼過ぎ。
ギルド内で、自然と情報が集まる。
「小さなトラブルが、いくつか」
「大事にはなっていない」
「だが……」
ギルドマスターは、腕を組んだ。
「“不在”の影響だな」
「……やはり」
誰も、否定しなかった。
*
一方の俺。
宿のベッドで、天井を眺めていた。
(……少し、楽になった)
熱は下がりつつある。
だが、今日は無理をしない。
(みんな、大丈夫かな)
少しだけ、気になる。
だが、俺がいなくても回るように――
そう思って、今までやってきた。
「……大丈夫だよな」
自分に言い聞かせる。
*
夕方。
ギルドに戻ってきた冒険者たちが、口々に言う。
「今日は、何もなかった」
「ちょっとヒヤッとはしたけど」
「でも……」
誰かが、静かに続けた。
「“何も起きなかった”理由が、分かった気がする」
ミレアは、そっと目を伏せる。
*
夜。
王都の一室で、短い報告がまとめられた。
『対象:アルト・レイン
本日、不在
軽微なトラブル発生
影響:限定的だが、明確』
セシリアは、ペンを止める。
「……やっぱり、そうよね」
だが、次の行にはこう記した。
『結論:依存は始まっていない
ただし、“基準”としての存在は確定』
*
同じ夜。
俺は布団にくるまり、少しだけ微笑んだ。
「……明日には、戻れそうだな」
自分がいない一日が、
どれほど周囲に意識されていたか。
そのことを、俺はまだ知らない。
ただ――
「休むのも、修行だな」
そう思って、目を閉じた。




