第13話 雑用が制度化される
その変化に気づいたのは、翌朝だった。
冒険者ギルドの掲示板。
依頼票の横に、見慣れない紙が貼られている。
『雑用依頼 実施前確認項目』
『① 通路の確保』
『② 重量物の後回し』
『③ 不安定物の固定』
『④ 無理をしない』
……あれ?
俺は、紙をじっと見つめた。
(これ、昨日新人に言ったやつだ)
完全一致だった。
言い回しまで同じ。
「ミレアさん」
受付に近づくと、彼女はなぜか目を逸らした。
「はい……」
「この紙、誰が?」
「えっと……ギルドマスターと、現場責任者の方たちで……」
「俺の名前、書いてあります?」
「いえ、それは……」
彼女は慌てて首を振る。
「“参考例”としてまとめただけです!」
「参考……」
紙の下の方に、小さくこう書いてあった。
『※本項目は、近年の成功事例を基に整理されています』
成功事例。
俺の、雑用。
(……別にいいけど)
名前が出ていないなら、問題ない。
俺はそう判断した。
*
午前中、ギルド内は妙に落ち着いていた。
雑用依頼を受ける冒険者たちが、
その紙を見てから動く。
「通路、先に作ろう」
「重いのは後だな」
「危なそうなら止めるぞ」
……普通の会話だ。
普通の、はずなのに。
「……静かだな」
誰かが呟いた。
怒鳴り声も、物音も少ない。
いつもなら、どこかで棚が倒れたり、
誰かが足をぶつけたりしている時間帯だ。
(やりやすくなったな)
それが、俺の正直な感想だった。
*
昼過ぎ、ギルドマスターに呼ばれた。
「アルト」
「はい」
「今日の動き、見たか」
「はい。みんな、丁寧でした」
「そうだ」
彼は、机の上の書類を叩く。
「“確認してから動く”
それだけで、現場は安定する」
「雑用の基本です」
「それが、“基本”として共有された」
……共有。
「だから、制度にした」
「制度?」
ギルドマスターは、淡々と言った。
「雑用前確認を、正式ルールにした」
「……え?」
「強制ではない」
「はあ……」
「だが、守らない理由もない」
確かに。
「君の名前は、出していない」
「それなら、よかったです」
心から、そう思った。
*
午後、倉庫で作業をしていると、
新人の一人が声をかけてきた。
「あの……」
「はい?」
「この手順、すごく助かってます」
「慣れれば、もっと楽ですよ」
「いえ、その……」
彼は、少し言いづらそうに続けた。
「“普通”って、こういうことなんですね」
「……?」
どういう意味だろう。
「今まで、雑用って
“きつくて、危なくて、我慢するもの”だと思ってました」
「そうなんですか?」
「でも……」
彼は、通路を見回す。
「今は、落ち着いてできる」
「……それなら、よかった」
本心だった。
*
夕方。
ギルド内の会議。
「雑用依頼、事故ゼロ継続中」
「新人の離脱率、低下」
「全体の消耗、減少」
誰かが言った。
「……これ、もう“個人技”じゃないな」
「“仕組み”だ」
別の誰かが頷く。
「誰が作った?」
「……言う必要はない」
全員が、同じ方向を見ていた。
*
その頃の俺。
宿の部屋で、いつもの反省会。
(今日は、特に問題なかった)
(みんな、落ち着いて動いてた)
(俺がいなくても、大丈夫そうだ)
紙にそう書いて、少し安心する。
(……ようやく、普通になってきた)
それが、俺の結論だった。
だが同じ夜。
王都の別の場所で、こんな言葉が交わされていた。
「アルト・レインがいなくても、
“アルト基準”は残る」
「……もう、人じゃないな」
「“基準”だ」
*
俺は布団に潜り込み、目を閉じた。
「雑用って、奥が深いな……」
その制度が、
この先どれほど大きな影響を与えるのか。
俺は、まだ知らない。




