第12話 引き継ぎをしただけなのに
翌日。
冒険者ギルドの裏口で、俺は小さく息を吐いていた。
(今日は……仕事、あるかな)
昨日は「見て回るだけ」で終わってしまった。
雑用係としては、正直かなり不完全燃焼だ。
掲示板を確認すると、雑用依頼は相変わらず少ない。
だが、その代わりに目に入ったのは――
『新人向け・雑用補助(引き継ぎあり)』
……引き継ぎ?
「これ、誰がやるんですか?」
ミレアさんに聞くと、なぜか申し訳なさそうな顔をされた。
「アルトさんです」
「俺?」
「はい。“念のため”」
その言葉、最近よく聞く。
*
指定された場所は、ギルド併設の小さな倉庫だった。
中には、若い冒険者が三人。全員、まだ装備も新しい。
「……あの人?」
小声が聞こえる。
視線が、少し緊張している。
(え、俺、そんなに怖い?)
「えっと……今日は雑用の引き継ぎをするって聞いてます」
「は、はい!」
返事がやけに揃っている。
「難しいことはしないよ」
「……」
「倉庫整理とか、運搬とか、その辺」
三人は、少しだけ安心したようだった。
*
俺は、棚を指差した。
「まず、通路を確保する」
「はい」
「重い物は、最後」
「はい」
「不安定な物は、先に固定」
ただ、それだけだ。
「あと、無理しない」
「はい」
「危なそうなら、止める」
「はい」
……ちゃんと聞いてる。
作業を始めると、最初はぎこちなかったが、
少しずつ手が動くようになる。
「……あ、楽」
「これ、腰に来ないですね」
「通りやすい……」
新人たちが、口々に言う。
「慣れれば、もっと楽になるよ」
「はい!」
素直だ。
*
昼前。
作業は、予定よりかなり早く終わった。
「……終わりました」
「お疲れさま」
俺は、軽く頷いた。
「これで、俺がいなくても大丈夫だと思う」
「え?」
一人が、思わず声を上げた。
「いなくても……?」
「うん。雑用だから」
三人は、顔を見合わせる。
「……あの」
「はい?」
「また、教えてもらえますか?」
少し緊張した声。
「もちろん」
「本当ですか?」
「雑用仲間だし」
その言葉に、三人の目が一斉に輝いた。
*
ギルドに戻ると、空気がまた妙だった。
「……もう終わったの?」
「はい」
「新人、どうだった?」
「普通にできてましたよ」
職員たちの視線が、なぜか集まる。
ミレアさんが、小声で言った。
「アルトさん……」
「はい?」
「新人三人、全員“適性あり”って評価されました」
「……雑用に?」
「雑用に、です」
それ、そんなに珍しいのか。
*
午後。
ギルドマスターに、また呼ばれた。
「アルト」
「はい」
「今日、新人に何を教えた」
「通路確保と、順番と、無理しないことです」
「それだけか」
「はい」
ギルドマスターは、少しだけ黙り込み――
それから、低く言った。
「新人三人、
“現場対応力が異常に高い”と報告が上がっている」
「……え?」
「状況判断が早い」
「事故を未然に防ぐ」
「撤退判断が的確」
それ、全部雑用の話だ。
「……俺、余計なことしました?」
「いいや」
また、即否定。
「“引き継ぎ”としては、完璧だ」
「……そうですか」
なら、いい。
*
その日の夕方。
酒場の前を通ると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「聞いたか?」
「雑用係に教わった新人」
「もう即戦力らしいぞ」
……新人、すごいな。
「“直伝”だってよ」
「運いいよな」
直伝って、何だ。
*
宿に戻り、反省会。
(今日は、教えすぎたかもしれない)
(もっと、自分で考えさせるべきだった)
(俺がいない時のために、確認しておこう)
メモを取りながら、首をかしげる。
(……引き継ぎ、難しいな)
その頃。
ギルドの別室では、こんな会話が交わされていた。
「アルトに教わった新人、全員成績上昇」
「偶然か?」
「……偶然にしては、揃いすぎている」
誰かが、ぽつりと言った。
「“選ばれた”んじゃないか?」
「誰に?」
「……アルトに」
*
俺は布団に入り、目を閉じた。
「明日は……もう少し、控えめにしよう」
本気でそう思っている。
ただ引き継ぎをしただけなのに。
なぜか、周囲の評価だけが、
また一段、上がってしまったようだった。
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