第11話 雑用が減った理由が分からない
朝、冒険者ギルドの掲示板の前で、俺は腕を組んでいた。
「……少なくない?」
雑用依頼の紙が、明らかに減っている。
昨日まで、隙間なく貼られていたはずなのに、今日は空白が目立つ。
討伐や護衛は相変わらず多いが、
清掃、整理、運搬といった――俺の居場所が、少ない。
(あれ……?)
嫌な予感がした。
仕事が減るのは、困る。
「ミレアさん」
受付に近づくと、彼女は書類に目を落としたまま返事をした。
「はい、アルトさん」
「雑用、減ってません?」
「……減ってますね」
あっさり認めた。
「なぜ?」
「事故が減ったので」
「……事故?」
ミレアさんは顔を上げ、少しだけ困ったように笑った。
「雑用依頼って、今まで“起きてから対処”が多かったんです」
「そうなんですか」
「でも最近は、“起きない”んですよ」
「……?」
話が見えない。
「棚が倒れない」
「資材が崩れない」
「通路で人がぶつからない」
彼女は指を折りながら言う。
「結果として、“依頼そのものが発生しなくなっている”んです」
「……それって、いいことでは?」
本心で言った。
事故が起きないなら、それが一番だ。
ミレアさんは頷いた。
「はい。とても」
「じゃあ、なんで困ってるんですか」
「困ってはいません」
ただ、と付け加える。
「雑用係の仕事が、雑用じゃなくなってきているだけで」
……よく分からない。
*
結局、今日受けられた雑用は一件だけだった。
『備品の簡易確認(立会い不要)』
“確認”。
掃除ですらない。
倉庫に向かい、箱を開け、数を数え、配置を整える。
壊れかけの棚に印をつけ、通路を少し広げる。
十分もかからず終わった。
(……早すぎる)
いや、俺が早いわけじゃない。
やることが、少ない。
外に出ると、倉庫の前で見張りをしていた騎士が、目を丸くした。
「もう終わったのか?」
「はい。特に問題なかったので」
「……そうか」
彼は、なぜか少し残念そうだった。
*
昼前には、ギルドに戻ってきてしまった。
(どうしよう……)
仕事がない。
これは、雑用係として致命的だ。
掲示板の前で立ち尽くしていると、背後から声がした。
「アルト」
振り返ると、ギルドマスターだった。
「時間、あるか」
「はい。……ありすぎるくらい」
正直に言うと、彼は少しだけ口元を緩めた。
「なら、話がある」
*
ギルドマスター室。
「最近、雑用依頼が減っているのは知っているな」
「はい」
「理由も」
「事故が減ったから、ですよね」
「そうだ」
彼は、机の上の書類を指で叩いた。
「結果として、冒険者の消耗が減った」
「……よかったです」
「その通りだ」
だが、と続ける。
「問題は、“減りすぎた”ことだ」
「……え?」
「雑用はな、裏方だ」
「はい」
「裏方が仕事を失うほど、表が安定するのは――」
一拍置いて。
「異常だ」
俺は言葉に詰まった。
「……じゃあ、俺、やりすぎました?」
「いいや」
即否定。
「“正しすぎた”だけだ」
「それ、同じじゃ……」
「違う」
きっぱり言われた。
「だから、次の段階に移る」
「次の……?」
嫌な予感。
「“発生してから処理”ではなく、
“発生しないように見る”役だ」
「……確認係、ですか?」
「雑用の延長だ」
……本当か?
*
午後、俺はギルド内を回っていた。
依頼を受ける、というより、
現場を“見て回る”。
棚の配置。
通路の幅。
資材の置き方。
気づいたことを、紙に書いてミレアさんに渡す。
「ここ、狭いので人がぶつかりやすいです」
「この棚、固定した方がいいと思います」
「ここ、順番変えると楽です」
ただのメモだ。
なのに。
「……助かります」
「助かる、というか……」
「これ、全部“事前対策”ですよね」
職員たちの反応が、妙に真剣だった。
*
夕方。
今日の反省会。
(今日は、仕事が少なかった)
(雑用が減るのは、いいことだけど……)
(自分の役割、分からなくなってきた)
俺は、紙にそう書いて、ため息をついた。
(……もっと、雑用しないと)
その頃。
ギルドの別室では、別のまとめが行われていた。
「事故発生率、さらに低下」
「雑用依頼、予防型へ移行中」
「アルトの関与率、高」
誰かが言う。
「……雑用係、いなくなってきてないか?」
「いや」
別の誰かが、静かに答えた。
「“雑用が不要な状態”を作っているだけだ」
*
宿に戻り、俺は布団に潜り込んだ。
「……仕事、探さないとな」
本気でそう思っている。
雑用係として。
この世界が、俺の“雑用”で安定し始めているなんて、
そんなこと、考えもしなかった。




