第10話 雑用係として、ちゃんとやれている気がする
朝の王都は、少しだけ落ち着いていた。
昨日あれほどざわついていた噂も、今朝は表立って聞こえてこない。
人は多いが、視線は減った。ひそひそ声も少ない。
(……よし)
俺は小さく頷いた。
これだ。これが理想だ。
目立たず、静かに、雑用をする。
それだけでいい。
*
冒険者ギルドに入ると、いつも通りの空気が戻っていた。
依頼の張り紙。
受付の声。
木の床を踏む足音。
「おはようございます、アルトさん」
ミレアさんが、いつもの調子で挨拶してくれる。
それだけで、少し安心した。
「おはようございます。今日は……」
「あります」
即答だった。
「雑用依頼、三件」
「……多くないですか?」
「“ちょうどいい”そうです」
誰の判断だろう。
聞かない方がよさそうだ。
*
一件目は、資料室の続き。
二件目は、訓練場の整備。
三件目は、騎士団倉庫の備品確認。
どれも、雑用。
戦闘はない。
完璧だ。
俺は黙々と作業をこなした。
訓練場では、地面の凹凸を直し、
危ない角を削り、
壊れかけの的を補修した。
「……使いやすくなったな」
訓練中の騎士が、ぽつりと呟く。
「ありがとうございます」
「いや……礼を言うのは、こっちか」
その一言が、なぜか胸に残った。
*
昼過ぎ。
騎士団倉庫での作業を終えた頃、バルドさんに呼び止められた。
「アルト」
「はい」
相変わらず、圧のある人だ。
「今日は、どうだ」
「順調です。雑用ばかりで」
「そうか」
彼は、倉庫の中を見回す。
「問題は?」
「特にありません」
「事故も?」
「ありません」
バルドさんは、少しだけ目を細めた。
「……それが、一番の成果だ」
また、その言い方だ。
*
夕方、ギルドに戻る。
ミレアさんが、書類をまとめながら言った。
「今日、報告がいくつか上がってます」
「何の?」
「“安心した”って」
……安心?
「訓練がやりやすくなった」
「倉庫が把握しやすくなった」
「事故の心配が減った」
彼女は、小さく息を吐いた。
「アルトさんがいると、
“大丈夫だろう”って思える人が増えてるんです」
「……それ、期待しすぎじゃないですか?」
「期待、ではないですね」
ミレアさんは、真面目な顔で言った。
「“前提”です」
よく分からない。
*
その日の夜。
ギルドの奥で、小さな会議が開かれていた。
「雑用依頼の失敗率、限りなくゼロ」
「騎士団側の評価も高い」
「本人は、完全に無自覚」
誰かが言う。
「どうする?」
「どうもしない」
「……本気か?」
「本気だ」
結論は、シンプルだった。
「アルト・レインは、
“雑用係”として、現状維持」
全員が頷く。
「触るな」
「刺激するな」
「勝手に育つ」
*
その頃の俺。
宿の小さな部屋で、ベッドに腰掛けていた。
今日の反省会を始める。
(今日は、比較的静かだった)
(余計なことは、あまり起きなかった)
(雑用に集中できた)
紙にそう書いて、少しだけ笑う。
(……うん)
「ちゃんと、やれてる気がする」
その言葉は、本心だった。
追放されて、王都に来て。
最初はどうなるかと思ったけど。
今は、居場所がある。
雑用係として。
*
窓の外、王都の灯りが揺れている。
その光の下で、世界は静かに動いていた。
「アルトが関わるなら、問題ない」
「安全は確保されている」
「次の案件も、彼に」
そんな声が、あちこちで交わされているとも知らずに。
俺は布団に潜り込み、目を閉じた。
「明日も……雑用だな」
その一言が、
第1章のすべてを象徴していた。
――俺はまだ、修行中だ。
そしてこの“雑用係”は、
知らないうちに、世界の基準になり始めていた。




