サボり魔の俺と、クラス委員長
現在は九時五十分頃、二時間目の数学が始まったばかりだ。
本来は席につき、授業を受けるべきだと思うが、担当の教師がだるいのでいつもサボっている。
そして今日も屋上でいつも通りサボるはずだった。……なのだが、予想外のことが起きてしまった。
霜凪朝梨。文武両道、才色兼備、クラス委員長であるこいつが俺の隣に座っているのだ。
そして——
「風が気持ちいいですねぇ」
なぜか一緒にサボっている。
こいつとは別に仲がいいわけじゃない。そもそも俺には友達と呼べる奴がいないので当たり前なのだが……。
横目で見ると、長い黒髪を揺らしながら、のんびりと鼻歌を歌っている。背筋をピンと伸ばし、制服にはしわ一つもないその姿は、少し荒れた屋上とは切り離されているように感じた。
「お前何してんだよ」
「何って……。逆に何してるんですか?」
「俺はサボりだけど」
「じゃあ私もサボりです」
姿勢は崩さず、目線を合わせながら飄々と答えた。
なるほど。よく分からん。
美女と二人きりでサボれるのは嬉しいけど、何考えてんのか分かんないから普通に怖いな。
思考を巡らせるが、何をしたいか見当がつかない。……もう俺には諦めて寝そべることにしかできなかった。
すると、一秒遅れて隣のやつも寝そべった。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
このまま、時間が流れるのを待ってもいい気はした。だが——
居心地わりぃな。せっかくのサボりの時間が無駄になっちまう。
少しくらいは話してみるか。
「何がしたいんだよ」
「あなたと同じことをしたいだけです。まぁサボることにも興味はあったので、一石二鳥ってやつです」
そう言い切ると、霜凪は俺の顔を覗き込み——
次の瞬間、俺の上に跨り、覆いかぶさるような体勢になった。
黒い長髪は垂れ、綺麗なツリ目には引き込まれそうになる。
急にどうしたんだこいつ!? 近い。近すぎる。
話しかけなけりゃよかったか?
戸惑っていると、こいつはそんな俺を気にも留めずに言った。
「けど私は今までこんな経験がないので、なにをすればいいのか分からないんです。なので教えてください。サボりってものを」
回答は想像していたものの斜め上だった。
少なくとも変な事ではないらしい。
とはいえ、明らかに面倒くさそうな依頼だ。俺がわざわざそんなことをする必要はないだろう。
それに、こいつと一緒にいると、他のやつに色々言われそうだしな。
「やだよ。適当にネットで調べればいいじゃねーか」
「照れてるんですか?」
「照れてねーよ」
「顔、赤いですよ?」
そう言われ、体全体が熱くなっていることに気づく。
まぁ、こいつはモデルと遜色ない見た目をしているんだ。そんな奴に、こんな体勢を取られたら、赤くならない方がおかしいだろう。
「分かったからどけ。教えてやるから」
数秒ほど思考していたのだが、一向にどく気配がないので依頼を了承することにした。
「本当ですか!」
俺が答えた瞬間、霜凪の顔がパァッと明るくなった。それと同時に、瞬時に動いて真横で正座した。
俺は体を起こしながら、その光景を見る。
はやっ……。 さっきまでは全然動かなかったくせに、こういう時は速いんだな。
「それじゃあ教えてください! 屋上でのサボり方!」
目をキラキラと輝かせながら、そう言ってくる。
サボり方……つっても、普段何もしてないんだよな。
けど、こいつを納得させる言い方をしねーと、また面倒くさそうだしな。
「よーし。サボりの流儀を心して聞けよ。屋上でやることはたった一つだけだ。」
まぁ、こういうのは少し言い方を変えればいいだけだ。
「それは風を感じることだ」
「風を……感じる?」
「あぁ。寝そべりながらでも、座りながらでもいいからとにかく風を感じるんだ。それを楽しむことで、サボりとなる」
「なるほどぉ」
霜凪は感嘆を漏らした。
適当なことを言ったが、納得してくれたらしい。
「じゃ、俺は風を感じとくからお前も適当にしとけ」
「はい!頑張ります!」
余計なことを言うと、また変な事をされそうなので、もう寝ることにした。
これで、おとなしくなってくれるだろう。
*****
…………ん。
眠気を覚ましながら体を起こす。時間を確認したいが、屋上には時計がない。
スマホを取り出し、確認しようとした時——
「あ、起きました? もう三時間目が終わりますよ」
「…………まじで?」
霜凪の声が聞こえてきた。まだいたらしい。
そしてどうやら、一時間半くらいは眠っていたようだ。
いつもは三十分くらいで起きれるのに……。夜にカップラーメン食ったのが悪かったのか……?
というか、こいつはなんでまだいるんだよ。
「お前さぁ、授業とかでなくてもいいの? 成績落ちるんじゃない?」
「落ちたところで微々たるものですよ。それに、あなたと同じことをすると言ったじゃないですか」
まさかそこまでだなんて思わないだろ。
ここまで来ると怖いんだよな、こいつ。
「ちなみに次の授業はどうするんですか? 今日はこのままずっとサボります?」
「いいや、次は出るよ。楽な授業だし」
まぁ嘘だけど。次は学年主任が担当してる科学のはずだ。寝ることも遊ぶこともできないなら出るはずがないだろう。
ただ一旦こいつから離れたい。最初は出るふりをして保健室に行けば完璧だろう。
「じゃあじゃあ! 次はいつ、どこでサボります? もっと教えてください!」
「なら、B棟三階の空き教室かな。あそこらへんだと授業もされてないし見つからねぇんだよ」
「なるほど!」
「いつなのかは俺にも分らん。俺はサボりたいときにサボるから。これもサボりの流儀だ」
そして、サボりマスターはクールに去るぜ!
なんて言ったりしてな。俺は案外この状況を楽しんでるのかもしれない。
*****
翌日。出席を取るためだけに、六時間目という遅い時間に登校した。
今日はどこでサボろうかと考えていたのだが、少し気になることがある。
今、霜凪は空き教室にいんのか?
さすがにいないか……? でも、あいつならあり得るんだよな。
それで、ちょっとした好奇心で立ち寄ったのだが——
「あ、おはようございます」
「いるんだよな~これが」
いた。それに人が変わったように、お菓子を食いながら、ダラダラと小説を読んでいる。
昨日までは身なりもキチっとしていたのに、今では汚れるそぶりも見せずに寝転がって、埃を制服につけまくっている。
おかしいな。こんな人間じゃなかったはずなんだけど……。
「随分とくつろいでるじゃねぇか」
「お! わかりますか。実はスマホでサボり方というものを検索したんです!」
「いつからいるのさ」
「昨日の五時間目からです!」
「は!?」
待て待て待て。もしかしてずっといたのか? こんな空き教室に?
本当に人が変わったんじゃないか?
俺の頭が?で埋め尽くされていたとき、
「あの、ずっとここにいたから、もう飽きちゃいました。新しい所に連れて行ってくれませんか?」
「……傲慢になったな」
「サボりは楽しまなきゃらしいので」
くそうぜぇ……。ニヤニヤしてる顔もうぜぇ。
その上、昨日の俺の言葉をしっかりと覚えてるのもうぜぇ。
くそっ。昨日までは楽しくサボれてたのに、なんでこいつに振り回されなければいけないんだ。
「はあぁ。分かったよ、ついて来い」
「やったぁ!結構優しいんですね」
「うるせぇよ」
仕方なしに別の場所に連れていくことにした。
こんなことする必要もない気がしたが、少しだけ面白そうなことになる予感がした。
こいつ、サボってるの先生にバレたらどうなるんだろうな。
俺の成績なんて地の地に落ちてるんだから実質ノーダメだ。だが、こいつにとっては大打撃になるだろうな。
そんな思考が俺の中にはあった。
そして、普段は先生にバレる確率の高い体育館の裏へ来た。
ちょうど授業もあってるからなおさらだ。
「ふぅん、体育館の裏ですか。ここってあんまり来ることないですよね」
「来る理由がないしな。放置されてるせいで草がボーボーだし、居心地は悪いよ」
霜凪は草の少ない所を見つけ出しそこに腰を下ろした。
今日は昨日のような正座ではなく、地面で汚れないようにつま先立ちをしている。
俺でもここにはほとんど来ない。
草は生い茂ってるし、どこのクラスが体育をやってるかなんて把握できないから、怖いのだ。
「ここでは何するんですか?」
「屋上と同じさ。風を感じて楽しむんだ」
「本読んでてもいいですか?」
「いいぞ。俺はゲームしとくから」
言い切ると同時に、授業開始のチャイムが鳴った。
体育館の中からは、体操の声が聞こえてくる。
だが、そんなものは気にせずに、スマホでゲームを起動する。
今日はイベント開始日だ。午前中はずっと寝てたから、ランキングに追いつくよう急がなければならない。
そうして各々の時間を楽しんで、三十分ほど経過した。
ふと気になって横を見る。
さすがにつま先立ちはきつかったようで、けつを地面につけながら本を読んでいる霜凪が目に入った。
猫背で、服には埃がついており、昨日とは別人に見える。
あんな優等生をここまでサボりにはまらせたのは、結構やばいことをした気がするな。
こいつは家柄も結構よかった気がするけど、俺が怒られるべきなのか?
そんな風にいろんな考え事をしていたのだが、こっちの目線に気づいた霜凪と目が合った。
「どうしたんですか? そんなじろじろ見て」
「いや、一応言っておくけど、成績悪くなっても俺のせいにするなよ」
「あら、そんなこと気にしてるんですか。そんなの当り前ですよ」
少し意外そうな顔をしながらそう答えてくる。
まぁ、確証なんてものはないけど、大丈夫な感じがこいつからはした。
それより、サボっているときに余計なことを考えてしまった。こいつのせいだろう。
「というか、本当にそれだけなんですか?」
「あ? そうだけど」
「長いこと見つめてくるから、てっきり告白だと思ったんですけど?」
「はぁ!?!?」
反射で大きい声を出してしまう。
こいつはどういう意図で言ってんだ?
あー、もう。頭がこんがらがってくる。
そう思考をしていると——
「こぉぉおらああぁぁ!!!! 何やってんだお前らああぁぁぁ!!!」
体育教師に見つかってしまうのだった。
*****
——あの後、俺らは二人とも体育教官室に連れていかれ、二時間ほど説教された。
「いやぁ、随分怒られましたねぇ。主にあなたが」
教師陣の俺の印象は最悪なため、俺だけが悪いことにされかけていた。だが、宣言通り霜凪も自分が悪いと言ってくれたおかげで、停学まではいかずに済んだ。
「はあぁ、帰るのが遅くなっちまった」
「あなたが大きな声なんか出すからですよ」
「お前があんなこと言わなきゃ大丈夫だったんだよ」
とは言ったものの、一応霜凪には悪いことをしたと思ってはいる。
霜凪のせいというのも事実だけど。
「やっぱり学校内でサボるのは危険ですね。あなたもやめた方がいいんじゃないですか?」
「なんだよ。それを言うためだけに、俺と一緒に怒られたのか?」
そうだとしたら、相当頭おかしいけどな。
「違いますよぉ。私が言いたいのは、学校でサボると先生に見つかる危険があると言うことですよ。なので、明日は学校、抜け出しましょう。そうすれば、二人仲良くサボれますよ」
「……お前、最初からそれ目的だったのか?」
「顔赤いですよ」
ニマニマしながらそんなこと言ってくるこいつを、初めて可愛いと思ってしまった。




