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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
8/47

8話 街の外れにて

翌朝。アリシアはノヴァリスの門をくぐり、街道を歩いていた。

 夜露に濡れた土の匂いが漂い、空気はまだひんやりとしている。

 太陽は昇りはじめたばかりで、街の石畳を黄金色に染めていた。


 彼女はこの街に留まるつもりはなかった。

 ただ、昨日の占い師の言葉が胸の奥に残っている。


 ――街の外れで、商人を助けなさい。


 信じたわけではない。

 けれど、どうしても気になってしまう。

 馬鹿げていると思いながらも、足は自然と街の外れへ向かっていた。



 ノヴァリスの外れは、中心の活気ある通りとはまるで違っていた。

 人の姿は少なく、倉庫や小屋がぽつりぽつりと並び、街道沿いには干し草の山や木材が積まれている。

 前線の街に比べれば平和で、静けささえ感じられた。


 だが、アリシアは胸に手を当て、静かに息を吐いた。

 心臓を締めつけるような痛みが、また波のように押し寄せてきたからだ。


 「……はぁ……」


 人に見せるわけにはいかない。

 顔にはいつも柔らかな微笑みを浮かべ、痛みを押し隠して歩みを進める。

 そうやって一年間、ずっと旅を続けてきた。



 そのときだった。


「……っ、た、助けてくれ!」


 かすかな叫び声が耳に届いた。


 アリシアの身体が反射的に動く。

 声のする方へ駆け出し、倉庫の影を覗き込んだ。


 そこには、小さな荷車を背にした商人が座り込んでいた。

 周囲を取り囲むのは五匹のゴブリン。

 濁った目を光らせ、粗末な武器を手にじりじりと迫っている。


 商人は棒切れを振り回して必死に抵抗していたが、恐怖で腕が震え、力になっていなかった。


「大丈夫です。今、助けますね」


 アリシアは声をかけ、腰の剣を抜いた。

 銀の髪が朝日にきらめき、碧い瞳に冷たい光が宿る。



 最初に飛びかかってきた一匹の棍棒を軽く受け流し、すれ違いざまに喉を斬り裂く。

 ゴブリンは呻き声も出せずに崩れ落ちた。


 残る四匹が怒声を上げて一斉に襲いかかる。

 アリシアは一歩も退かず、冷静に構え直した。


 二匹目が短剣を突き出す。

 半歩下がってかわし、剣の腹で手首を叩き落とす。

 武器を失ったその胸に、迷いなく刃を突き立てた。


 三匹目と四匹目は同時に飛びかかってきた。

 アリシアは身を沈めて攻撃を避け、体をひねりながら剣を横薙ぎに振るう。

 二匹の身体が弧を描いて地に転がった。


 最後の一匹は仲間の死に恐れをなし、叫び声を上げて背を向けた。

 アリシアは追わなかった。

 剣を軽く払って納め、深く息を吐く。


 胸の痛みは消えていない。

 だが、この程度の魔物に力を解放するまでもない。



 商人は呆然と立ち尽くしていたが、やがて膝をつき、震える声で言った。


「た、助かりました……! 本当に……ありがとうございます!」


 アリシアは優しく微笑み、声をかけた。


「もう大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」


「え、ええ……大丈夫です。命拾いしました……」


 商人は涙を浮かべ、胸に手を当てて何度も頭を下げる。

 アリシアは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、穏やかな声で続けた。


「無事でよかった。怖かったでしょう?」


「……はい。でも、あなたのおかげで……」


 商人の声は震えていたが、そこに安堵の色が混じっていた。



 やがて商人は立ち上がり、真剣な眼差しで言った。


「どうか、お礼をさせてください。本当に、何かせずには気が済みません」


「そんな、お気持ちだけで十分ですよ」


 アリシアは微笑んで首を横に振った。

 けれど商人は譲らず、言葉を続ける。


「実は……私はこの街に来て、装備の修繕をお願いしようと思っていたのです。とても腕の立つ修繕屋がいると聞きまして。もしよろしければ、その方のところへご案内させてください」


「修繕屋さん……?」


 アリシアは小首をかしげた。

 ただの職人の話に思える。

 けれど、なぜか胸の奥に小さなざわめきが広がった。


 ――街の外れで、商人を助けなさい。


 昨日の言葉が脳裏によみがえる。

 偶然にしては、あまりにも出来すぎている。


 胸の痛みがまた強くなり、アリシアは思わず胸元を押さえた。

 それでも表情を崩さず、柔らかな笑みを浮かべる。


「……それなら、ご一緒させてもらってもいいですか?」


 そう告げる声は穏やかで、優しさに満ちていた。

 痛みは消えない。

 けれど、確かに何かが動き始めている――アリシアはそう感じていた。

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