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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
7/47

7話 導きの言葉

 列は思ったよりも長かった。

 アリシアは街の広場にできた行列の最後尾に立ち、静かに待ちながら周囲の人々を見渡した。


 子どもを抱えた母親、旅の途中らしい若者、年配の夫婦。

 皆一様に真剣な顔で入口を見つめ、時折不安げに囁き合っていた。

 「当たる」と評判の占い師。

 その人の言葉を聞きたくて、人々はこうして並んでいるのだろう。


 アリシア自身、占いなど信じたことはなかった。

 戦場にあったのは血と刃、そして自分の決断だけ。

 未来を導くものは剣であり、仲間であり、勇気だった。

 ――勇気。

 そう呼ばれるたび、胸の奥が痛む。


 「勇者なんて、私には似合わない」


 小さくつぶやき、胸に手を当てた。

 痛みは相変わらず続いている。

 けれど顔には柔らかな微笑みを浮かべ、気づかれぬように息を整えた。



 前に並んでいた子どもが振り返り、じっとアリシアを見上げてきた。

 不思議そうな瞳に射抜かれ、アリシアは思わず膝を折る。


「こんにちは。待つの、退屈かな?」


 子どもは小さく頷き、母親の服の裾を握りしめた。

 アリシアはそっと微笑んで、銀の髪を揺らす。


「大丈夫だよ。もう少しで順番が来るから、頑張ろうね」


 その声に安心したのか、子どもは照れくさそうに笑った。

 母親が恐縮したように頭を下げるのを、アリシアは軽く手を振って受け流した。

 こういう小さなやり取りが、痛みで曇った心をほんの少しだけ和らげてくれる。



 やがて列が進み、入口が近づいてきた。

 並んでいる間にも、さまざまな会話が耳に入った。


「この占いのおかげで、良縁に恵まれたんだ」

「仕事がうまくいったのも、あの一言から始まった」


 誰もが声をひそめながらも、確かな実感を滲ませている。

 アリシアは首を傾げた。

 どうして、ただの言葉がそんなに人を動かせるのだろう。

 理解できない。けれど、なぜか心がざわめいた。


 「……私も、何か分かるのかな」


 自分でも気づかぬうちに、期待とも不安ともつかない思いが口をついて出ていた。



 順番が来た。

 小さな扉をくぐると、そこには思った以上に整然とした部屋が広がっていた。

 床は磨かれ、壁には余計な装飾がない。

 静謐で、どこか神聖ささえ漂わせる空間。


 中央に机が置かれ、その上には一枚の紙があった。


 ――悩みがありますか? はいと答えてください。


 丁寧な字で記された案内を目で追い、アリシアは小首をかしげた。

 占いといえば水晶やカードを思い浮かべていたが、目の前にあるのはただの紙切れ。

 奇妙な方法に思えたが、不思議と嫌な感じはしなかった。



 机の向こうに、一人の女性が座っていた。

 年は自分より少し上か同じくらい。

 穏やかな雰囲気をまとい、柔らかく微笑んでいる。

 けれど、その瞳には人の奥底を見抜くような深さがあった。


 女性はゆっくりと口を開いた。


「悩みはありますか?」


 澄んだ声。

 押しつけがましくなく、ただまっすぐに届く響き。

 アリシアは一瞬言葉を失い、胸の痛みが強くなるのを感じた。


 ――悩み。

 そう、今の自分には、それしかない。


 喉が乾いて声が出にくかったが、勇気を振り絞るようにして小さく答えた。


「……はい」


 その瞬間、女性の瞳が深く揺らめいた。

 ただ見つめられているだけなのに、心の奥を覗かれているような感覚に、アリシアは自然と息を詰めた。



 静かな沈黙のあと、女性は言葉を紡いだ。


「――街の外れで、商人を助けなさい」


 あまりにも簡潔で、あまりにも唐突な言葉。

 アリシアは思わず瞬きを繰り返し、やがて小さな笑みを浮かべた。


「……そんなこと、私にできるでしょうか」


 自分でもおかしくなるほど、声は震えていた。

 けれど、不思議とその言葉が心にすとんと落ちてきた。

 馬鹿げているのに、否定できない。


 胸の痛みは相変わらずだ。

 それでも、心のどこかで小さな光が灯ったように思えた。


「はい……私にできることなら、やってみますね」


 微笑んでそう答えると、不思議なことに胸を締めつける痛みがほんの少し和らいだように感じられた。

 それはきっと、気のせいにすぎない。

 けれど――その気のせいこそが、アリシアにとっては救いだった。


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