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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
6/47

6話 遠く離れて

 魔王を討ち果たしたあの日から、ちょうど一年が経とうとしていた。

 人々の間では「勇者」「英雄」と呼ばれるようになったアリシアだが、その胸の奥には決して消えない痛みが残っている。

 戦いの代償として、心臓に刻まれた傷が彼女の身体を今も苛み続けていた。


 「……また、痛い」


 胸に手を当て、足を止める。

 心臓を握り潰されるような感覚は、戦場で剣を振るっていたときの恐怖よりもずっと堪えるものだった。

 人前では笑顔を絶やさず、誰にでも優しく振る舞うよう心がけていたが、この痛みだけはどうしようもない。

 だからこそ、彼女は戦場から遠く離れた街へと旅を続けていた。



 アリシアが立ち止まった丘から見下ろすと、小さな街が見えた。

 赤茶色の屋根が並び、煙突から白い煙がゆらゆらと昇っている。

 戦火に焼かれた街ではない。のどかで、人々の暮らしが息づく温かな場所。


 「……こんなに遠くまで来ちゃったんだ」


 小さくつぶやき、アリシアは微笑んだ。

 けれどその笑みの奥には、わずかな寂しさが滲んでいた。

 前線からどれほど歩いたのか、気がつけばこんなにも平穏な土地に足を運んでいた。

 それは呪いを解く手がかりを探すための旅のはずだった。

 けれど、成果は未だ一つもない。


 胸を押さえながら空を仰ぐ。

 青空はどこまでも澄んでいるのに、自分だけが重たい鎖を引きずっているような気分だった。



 街に入ると、人々の視線が自然と彼女に集まった。

 銀色の髪と碧い瞳は、この土地では珍しい。

 背丈は小柄で、凛とした佇まいをしていても、その表情は柔らかく、子どもたちが駆け寄ってくれば笑顔で応じた。


「こんにちは。いい天気ですね」


 すれ違う老人に声をかけると、驚いたような顔をされ、やがて嬉しそうに頷かれる。

 アリシアはそういう一瞬一瞬を大切にしていた。

 戦場では決して得られない、穏やかな交流。

 それが彼女の心を、ほんの少しだけ軽くする。



 その日の午後。

 街の広場で、水を飲もうと腰を下ろしたとき、背後から旅人同士の会話が耳に入った。


 「この街には、不思議な占いをする人がいるらしい」

 「『悩みがありますか?』って聞かれて、『はい』と答えると導かれるんだとよ」


 アリシアは手を止めた。

 なんとも奇妙な話。

 けれど、胸の奥がふとざわめいた。


 「占い……?」


 思わず口にした言葉は、自分でも信じていない響きを持っていた。

 魔王の呪いを、占いでどうにかできるはずがない。

 そんなことは理屈では分かっている。

 それでも、気づけば立ち上がっていた。



 広場から少し離れた通りに、占い師の店はあった。

 小さな木の看板が吊るされ、列をなす人々が入口の前に並んでいる。

 子ども連れの母親、商人風の男、旅の途中の女性――さまざまな人が順番を待っていた。


 アリシアは少し驚いたように目を瞬いた。


「こんなに……人気なんだ」


 声をかけられれば笑顔で返し、子どもが不思議そうに見上げてきても「大丈夫だよ」と優しく囁く。

 そんなやり取りをしながら、彼女はゆっくりと列の最後尾に並んだ。



 胸の痛みは相変わらず続いている。

 戦場では敵の剣よりも恐ろしく、日常の中では人知れず彼女を苛んでいる。

 ――もし、この痛みが少しでも軽くなるのなら。


 その一縷の望みに縋るように、アリシアは静かに息を吐き、前を向いた。

 占いなんて信じていない。

 でも、それでも――。


 「……試してみる価値は、あるかもしれない」


 優しい微笑みを浮かべながら、彼女は心の中でそう呟いた。

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