5話 運命の来訪者
翌朝。
ミレナはいつものように店の戸を開け、通りに面した看板を出した。
「占い承ります 一回銀貨一枚」
その文字を見慣れた人々が、すでに並び始めている。
石畳を踏む靴音、ざわめき、露店の呼び込み。
ノヴァリスの朝は今日も活気に満ちていた。
◆
帳場に座り、深呼吸をする。
昨日の夜、弟エルシオの様子が少しおかしかったのを思い出す。
疲れていたのか、それとも外の依頼が堪えたのか――聞いても答えは曖昧だった。
けれど食事も普通に摂っていたし、無理はしていないように見える。
ならば大丈夫だろう、と自分に言い聞かせて目の前の仕事に集中する。
「悩みがありますね?」
向かいの椅子に座る中年の男が、少し逡巡してから頷いた。
その瞬間、視界に淡い霧のような“感覚”が広がる。
悩みの内容は分からない。ただ――導くべき行動だけが浮かぶ。
「……家に帰り、妻と話しなさい」
男は驚いたように目を見開き、それから深々と頭を下げて去っていった。
銀貨一枚が卓に残されている。
こうして一人、また一人。
ミレナは言葉を告げ、客はそれぞれの悩みに向き合う。
◆
昼を過ぎても列は途切れなかった。
魔王が討たれて一年。表向きは平和を取り戻したはずなのに、人々の不安は尽きない。
明日の暮らし、家族の病、商売の先行き。
どれも自分に答えられるものではない。
ただ一つの行動を示すだけ――その力が人々にとって救いになるのなら、続ける意味はあるのだろう。
だが時折、胸の奥に空虚さが広がることもあった。
――私の言葉は、ただの小さな灯火にすぎない。
そう思わずにはいられないのだ。
◆
日が傾き始めた頃だった。
行列の中に、ひときわ目を引く少女の姿があった。
銀糸のように輝く髪。
碧く澄んだ瞳。
背丈は高くないのに、ただそこにいるだけで空気が変わる。
可憐で、美しい。
だが同時に、人を寄せつけない冷ややかさを纏っているようにも見える。
思わず視線が吸い寄せられ、ミレナは息を呑んだ。
少女は静かに列を進み、やがて店の前の椅子に腰掛ける。
「悩みがありますね?」
いつもの言葉を口にした瞬間、ミレナの胸の奥がざわついた。
霧のような感覚が広がり、何か大きな運命が動こうとしている――そんな予感がした。




