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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
第1章 呪鎖編1
45/47

45話 夜明け

 戦いの余韻がまだ地面に残っていた。

 焦げた土の匂いと、冷たい夜気。

 アリシアは剣を下ろし、深く息を吐く。

 エルシオはその背後で静かに息を整え、目の前の赤髪の男を見つめていた。


 月光を浴びたその男――レギウスは、金色の瞳をゆっくりと開いた。

 その眼差しには怒りも憎しみもなく、ただ長い眠りから覚めたばかりの静けさが宿っている。


 沈黙を破ったのは、村長だった。

 老人は杖をつきながら前に出て、深く頭を下げる。


「……長い間、あなた様を閉じ込めたままで、申し訳ありませんでした」


「俺を封印したのはお前らじゃねぇだろ。それに……随分と時間が経ったもんだな」


「はい。五百年です」

 村長の声には恐れよりも、安堵があった。

「我々は代々、あなた様を再び迎えるために祈りを続けてきました。泉の水を汲み、魔力を注ぎ、少しずつ封印を緩めて……やっと、この日を迎えたのです」


 レギウスは短く目を細め、息を吐く。

「……そうか。まだ俺のことを覚えてたのか。五百年も経ってるのに、よく忘れなかったな」


 アリシアが一歩前に出た。

「あなたは、この地を守っていたのですよね?」


「ああ。昔はあの泉の魔力が強すぎた。魔物が飲めば暴走する。俺は《魔力阻害》でそれを抑えていた。そうしなければ、この辺りはとっくに魔獣の巣だ」


 彼の視線の先――森の奥に、月光を受けて青く光る泉が見えた。

 五百年という時を経ても、なおその輝きは失われていない。


 村長がゆっくりとうなずく。

「ですが今、その泉の魔力はかなり薄まりました。もはや危険はありません。私たちはこの五百年、あなた様の力がなくとも生き延びてきました。魔物の襲撃も退け、土地を守り抜いたのです」


 レギウスはわずかに笑う。

「なるほどな。強くなったもんだ、人間も」


 アリシアも静かに微笑んだ。

「ええ。あなたが守っていた時代よりも、ずっと」


 風が吹き、赤髪が揺れた。

 レギウスはしばらく夜空を見上げ、肩をすくめる。


「……そうか。なら、俺の役目はもう終わりだな。五百年分、寝すぎたし――少し動きたくなってきた」


 エルシオが思わず口を開く。

「よければ、僕たちと旅をしませんか?」


 その一言に、レギウスが金の瞳を向けた。

「旅、ねぇ……俺が行っていいのか? 魔族だぞ」


 アリシアはまっすぐに言葉を返した。

「あなたが“いま”敵でないことくらい、わかります。

 さっきも本気で殺そうとしていなかった」


 レギウスは小さく笑った。

「……見抜かれてるな。まぁ、五百年も寝てりゃ勘も鈍るか」


 エルシオも頷く。

「僕も一緒に行ってほしいです。あなたのような人から学べることが、きっとたくさんあると思うから」


 少しの間、静寂が続いた。

 レギウスはふっと息を吐き、口角を上げる。


「……いいだろう。暇つぶしに付き合ってやるよ。旅の空気でも吸ってみるか」


 村長が深く頭を下げた。

「レギウス様……どうか、お元気で」


「“様”はやめろ。ただのレギウスでいい」

 そう言って、彼は軽く手を振った。


 祠の外には冷たい夜風が吹き抜けていた。

 三人はゆっくりと村をあとにする。

 その背を、村人たちは誰一人として疑うことなく見送った。


 夜空には雲ひとつなく、星々が静かに瞬いていた。

 封印が解けたことで、空気が少し澄んだようにも感じる。


 歩きながら、レギウスがぽつりと呟いた。

「……それにしても、五百年も経ってるのに、月の形は変わらねぇんだな」


 アリシアが微笑む。

「空の月は、いつだって同じですよ。でも、見る人の心は変わります」


 レギウスはわずかに笑い、夜空を見上げた。

「なるほどな。人間は、そうやって強くなるのかもな」


 エルシオは二人の後ろを歩きながら、静かに息を吐いた。

 かつて敵として剣を向けた男が、今は隣にいる。

 その不思議な光景に、どこか安心を覚えた。


 ――五百年続いた祈りは、ようやく終わった。

 そして、新しい旅が始まろうとしていた。


 東の空が、ゆっくりと白みはじめる。

 三人の影が重なり、朝靄の中をまっすぐに延びていった。

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