40話 村
日が傾き始めた頃、ふたりは道の先に小さな集落を見つけた。
木造の家々が並び、煙突からは夕餉の煙が立ち上る。村の周囲には麦畑が広がり、穏やかな風が金色の穂を揺らしていた。
「今日はここで休みましょう。次の街までは、まだまだかかりますから」
「そうですね。日が暮れるまでに着けてよかったです」
アリシアの言葉に、エルシオはほっと息をついた。
長い旅路に慣れてきたとはいえ、歩き続ける脚には疲労が残る。
そんな二人を、村の入口にいた青年が明るい笑顔で迎えた。
「旅の方ですか? 宿ならこの先の広場を右ですよ。今夜は冷えますし、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
エルシオが頭を下げると、青年は「気をつけて」と言い残して家へ戻っていった。
案内通り進むと、小さな宿が見つかった。
村の規模にしては立派な造りだ。木の看板には「風見亭」と書かれている。
扉を開けると、香ばしいパンとスープの匂いが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「はい、今夜一晩だけお願いします」
宿の女将は温かい笑顔を浮かべ、すぐに部屋を用意してくれた。
夕食も勧められ、ふたりは久しぶりに落ち着いた食卓についた。
スープには野菜と鶏肉がたっぷり入っていて、素朴ながら滋味深い味だった。
「……美味しいですね」
「はい。こういうの、久しぶりです」
穏やかな食事。外では子供たちの笑い声。
ここが危険な世界の一部だなんて、到底思えない。
しかし、不思議なことに――日が完全に落ちる頃、村の通りから人の気配が消えた。
犬の鳴き声も、井戸水の音も、まるで誰かが世界の音量を絞ったように静まり返る。
「……静かすぎますね」
「そうですね。みんな寝るの、早いんですね」
エルシオが苦笑すると、アリシアは窓の外に視線を向けた。
暗闇の向こう、森の方角。
わずかに――青白い光が一瞬、瞬いた気がした。
「……エルシオさん。今、光が見えませんでしたか?」
「え? どこです?」
「森の奥です。ほんの一瞬、青く……」
だが、もう何も見えない。
月の光に溶けて、森はただ静かに影を落とすだけだった。
「……気のせいでしょうか」
「でも、アリシアさんが見間違えるとは思えませんけど」
アリシアは少し眉をひそめたが、やがて椅子に座り直した。
「明日の朝、念のため確かめてみましょう」
その夜、ふたりは早めに灯りを落とした。
けれどエルシオは、なぜか眠れなかった。
あの青い光が頭から離れない。
――あれは、ただの光ではなかった気がする。
遠く、森の方角で。
ふっと、もう一度青い閃光が瞬いた。




