39話 魔力について
旅立ちから三日。森を抜け、草原の続く丘陵地帯へと足を踏み入れていた。空は高く、風はやわらかい。
「これから、どのくらい歩くんですか?」
エルシオが尋ねると、アリシアは地図を広げた。
「北東の街まで……そうですね。早くても一ヶ月ほどでしょうか」
「一ヶ月……けっこう長旅ですね」
「その間に、少しずつでも強くなりましょう」
アリシアの微笑みは、どこか穏やかで、戦場で見せた鋭さとは違っていた。
「修行……ですか?」
「ええ。あなたのスキルを活かすには、体と魔力の感覚を磨くのが一番です」
***
夕暮れ。焚き火の火が赤く揺れ、草の香りが風に混じる。
アリシアは膝をつき、掌を広げた。
「まずは魔力を感じ取る練習です。私の手に触れてみてください」
エルシオは少し戸惑いながらも、指先を重ねる。すると、微かな温もりが伝わった。
「これが……魔力……?」
「そうです。生きている者なら、誰の中にも流れています」
鼓動に似たリズムが手のひらを通して伝わってくる。静かで、確かな流れ。
エルシオは目を閉じ、その感覚を追った。
「あなたのスキル《弱点看破》は、相手の構造や力の流れを視るもの。魔力の扱いに慣れれば、見える“範囲”が広がるかもしれません」
「なるほど……つまり、今よりもっと見えるようになるってことですね」
「ええ。ですが焦らないでください。魔力は呼吸のようなものです。力むと流れが乱れてしまいます」
アリシアの声が静かに響く。
その声音は、焚き火の音と混ざってやわらかく溶けていった。
エルシオは深く息を吸い、ゆっくりと手のひらに意識を集める。
だが何も感じない。
空気の温度も、風の流れも、ただ通り過ぎていくばかりだった。
「……やっぱり難しいですね」
「最初は誰でもそうです」
アリシアは小さく笑い、再び彼の手に触れた。
「今、意識を手の中心に置いて。体の中の力を“少しだけ”動かすように」
エルシオの指先に、かすかな温もりが宿った。
目を開けると、手のひらの上に淡い光が浮かんでいる。
「……できた、のか?」
「ええ。小さくても、確かに魔力の灯りです」
その光は数秒で消えたが、エルシオの胸の中には確かな手応えが残った。
「……これが、僕の中にある力なんですね」
「はい。そして、あなたの見る“弱点”も、この力を通して視ているはずです」
風が一陣吹き抜けた。
焚き火の火がふっと揺れ、二人の影が重なる。
「ありがとうございます、アリシアさん。なんとなく掴めた気がします」
「いいえ。教える価値があったと感じています。あなたは筋がいいです」
「……本当ですか?」
「ええ、嘘は言いません」
アリシアは静かに笑った。
その笑顔は、夜の静けさに溶けるようにやさしかった。
「今日はもう休みましょう。明日からは実戦を想定して少しずつ体を慣らしていきます」
「はい。頑張ります」
エルシオは寝袋に身を沈めながら、空を見上げた。
見慣れた街の屋根ではなく、見知らぬ空の星々。
それでも、不安よりも期待の方が少しだけ大きい。
――この旅で、自分は変われるのだろうか。
焚き火の最後の火の粉が、夜風に乗って消えていった。




