表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
第1章 呪鎖編1
38/47

38話 魔族について

 朝の霧がゆっくりと晴れ、森の緑が金色に染まっていく。

 焚き火の跡から漂う微かな煙が風に流れ、夜と朝の境目を溶かしていた。


 アリシアは剣を磨きながら、小さく息を吐いた。

 その横顔を見て、エルシオは思い切って声をかける。


「昨日の、魔族のこと。もう少し……教えてもらっていいですか?」


 アリシアは手を止め、少しだけ考えるように空を見上げた。

 朝日が髪を照らし、銀糸のような光がこぼれ落ちる。


「ええ、構いません。どこから話せばいいでしょうか……」


「魔族って……生まれつき魔族なんですか?」


 その問いに、アリシアは首を横に振った。


「いいえ。彼らは、もともと私たちと同じ“人間”でした。

 けれど、光の神の加護ではなく、“魔神”の加護を求めた人たちなんです。」


「魔神……?」


「この世界では、生まれたすべての者に、光の神からひとつスキルが与えられます。

 でも、中にはそれに満足できない人たちがいました。

 “もっと強い力を” “もっと速く成長を”――そう願った者たちです。

 彼らは神の祈りを捨て、代わりに“魔神”へと祈りを捧げました。」


 アリシアは手を膝の上に置き、少し遠くを見るように続ける。


「そして、魔神は応えた。人の欲望を好む存在ですからね。その者たちに、もうひとつのスキルを与えたのです。」


「……じゃあ、魔族はスキルを二つ持っているんですね。」


「はい。光の神から与えられた本来のスキル。そして、魔神から与えられた“もうひとつの力”。それが魔族と人との違いです。」


 エルシオはゆっくりと息を吐いた。

 まるで常識がひとつ崩れたような感覚だった。


「……それじゃ、昨日のバラムガンってやつも?」


「そうです。彼は“魔神に気に入られた魔族”の一人。魔神から特別に与えられたスキル――《憑依》を持っています。」


 アリシアの声が少し低くなる。

 風が通り抜け、森の葉が揺れた。


「憑依……」


「ええ。離れた場所にいる魔物や人の体に、自分の意識を宿すことができる。

 本体は別の場所にいながら、遠くの世界を覗き、言葉を交わし、時には戦うこともできる。

 昨日のオークに宿っていたのが、それです。」


 エルシオは、あの異様な光景を思い出す。

 獣の体が喋り、意思を持って動いていた。

 その背筋に、再び冷たい感覚が走る。


「じゃあ……本体は、別に?」


「ええ。バラムガンの肉体は、おそらく遠い場所にあります。憑依は魔神の力に近いスキルです。使えるのは、ごく一握りの魔族――四人だけ。」


「……四将。」


 アリシアは静かに頷いた。


「そうです。

 魔族を統べる四人の将。

 彼らは“新しい魔王”に仕えているはずです。」


「新しい……魔王。」


「魔神に最も気に入られた魔族が、魔王と呼ばれます。その者だけは、特別に二つのスキルを与えられるんです。魔神の意志を最も色濃く受け継ぎ、他のすべての魔族を従える存在。それが“魔王”です。」


 その言葉を聞いた瞬間、エルシオの背筋が震えた。

 “最も気に入られた者”という言葉が、妙に引っかかる。


「じゃあ、今の魔王も……?」


「姿も名前も分かりません。

 けれど、魔族たちが動き始めたということは、

 すでに選ばれたのかもしれません。」


 アリシアはそう言って、目を伏せた。

 淡い光が彼女の髪を照らし、わずかに風が頬を撫でた。


「昔の魔王を倒したときも、四将はいたのですか?」


「はい。けれど、私は直接会っていません。

 当時は、魔王だけを狙って戦った。

 その戦いの中で、私は……この呪いを受けました。」


 彼女の手が胸元へと触れる。

 鎖が刻まれたあの場所を。


 エルシオは何も言えなかった。

 彼女がどんな痛みを抱えているのか、想像するだけで胸が締め付けられる。


「……魔族が動き出すのは、魔王が生まれた証拠です。

 モンスターの数が増えているのも、それに関係しているかもしれません。」


 アリシアは立ち上がり、陽の昇る東の空を見つめた。


「魔神が人を選び、力を与え、

 その力を使って世界を壊そうとする。

 そして神は、また新しい力を授け、誰かを立たせる。

 ――それが、この世界の“均衡”なんです。」


「均衡……」


「ええ。

 けれど、今の世界は、その均衡が少しずつ崩れ始めています。」


 エルシオは静かに頷いた。

 それが何を意味するのか、まだ理解はできない。

 けれど、彼の胸の中で何かが確かに燃え始めていた。


「……放っておけませんね。」


 アリシアは少し驚いたように目を見開き、それから微笑んだ。


「あなたも、そう思いますか。」


「はい。昨日の戦いを見て、分かりました。

 もしこのまま魔族が動き始めているのなら、

 僕もこの目で確かめたいです。」


「頼もしい言葉です。」


 アリシアは柔らかく笑い、剣を腰に戻す。


「行きましょう。北東の街まで距離があります。

 そこに、次の手がかりがあるかもしれません。」


 朝の光が二人を照らし、影が長く伸びた。

 森の奥で、ひとすじの風が流れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ