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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
第1章 呪鎖編1
35/47

35話 旅立ち

 昼下がりのアルディナは、いつもより静かだった。

 朝方まで騒然としていた通りには、すでに人の姿もまばらで、

 焼けた石畳の匂いだけが風に残っていた。


 魔族の憑依が解けたオークの死体は、すでにギルドの処理班が引き取っている。

 報告を終えたアリシアとエルシオは、今、街を離れる準備を整えていた。


 エルシオは宿の前で荷袋の紐を締めながら、そっと息を吐いた。

 ――あの戦いの光景が、何度も頭をよぎる。

 アリシアの剣が放った閃光。

 炎と闇がぶつかり合い、空気そのものが裂けるような音。

 その場で何もできなかった自分の無力さ。


「……大丈夫ですか?」

 隣でアリシアが声をかけてきた。

 振り返ると、いつものように穏やかな微笑を浮かべていた。

 その笑顔が、少しだけ眩しく見える。


「ええ。荷物もまとまりました」

「よかったです。私も、もう準備はできています」


 アリシアの背には、銀の剣――昨日よりも少し、輝きが増したように見えた。

 鞘に収まっていても、そこに宿る力が感じられる。

 彼女は剣の柄に手を添え、街の方角を一度だけ振り返った。


「結局、この街も慌ただしいままでしたね」

「そうですね。まさか、あんな場所で魔族の影を見るなんて……」


 エルシオの声には、まだ驚きが混じっていた。

 アリシアは静かにうなずき、瞳を細める。


「魔族……いえ、“憑依”していたということは、すでに動き出している証です。

 それも、あの魔獣を操っていたほどの力を持つ者が。」


「そんな……じゃあ、やっぱり……」


「ええ。おそらく――“魔王”は、もうこの世界に生まれてしまったのでしょう」


 その言葉に、空気が重くなる。

 昼の光が照らす街並みが、一瞬、色を失ったように見えた。


 エルシオは喉の奥が乾くのを感じた。

 まだ“平和”だと信じていた自分が、どれほど浅はかだったのかを思い知らされる。


 それでも、アリシアの横顔はどこか穏やかだった。

 彼女は恐れていない。

 むしろ――決意を固めているように見えた。


「……それでも行くんですね」

「はい。この“鎖”が導く限りは」


 アリシアは胸の上に手を当てた。

 エルシオには見えないが、彼女の中には確かに“何か”がある。

 四方に伸びる鎖、その一本が撓んでいる――あの夜、彼が見つけた手がかり。


 そこに向かうしかない。

 そう決めていた。


「北東の街まで、しばらくは歩き通しになりますね」

「ええ。でも……大丈夫です。少しは慣れていますから」

 アリシアはそう言って笑った。


 エルシオは苦笑を返しながら、肩にかけた荷袋を直す。

「僕も……頑張ります。次は、少しでも力になれるように」


 その言葉に、アリシアの表情がわずかに和らいだ。

 それは、彼の中に生まれ始めた“覚悟”を感じ取ったからかもしれない。


「……ありがとうございます。あなたがいてくれて、本当に心強いです」

 アリシアがそう言うと、エルシオは顔を赤らめて視線を逸らした。

「そ、そんな……僕なんて」

「ふふ、謙遜しすぎですよ」


 柔らかく笑う彼女を見て、エルシオの胸に小さな灯がともる。

 それは恐怖でも不安でもない――“希望”だった。


 やがて、二人は街門へ向けて歩き出す。

 昼の太陽が高く昇り、白い石畳を照らす。

 門の前で、アリシアは一度だけ足を止めた。


「……この先は、もっと厳しい道になると思います。

 それでも、行けますか?」


 その問いに、エルシオは迷いなくうなずいた。

「行きます。僕は、アリシアさんの隣で戦います」


 アリシアの瞳が一瞬、光を宿す。

 それは、ほんの少し震えるような、でも確かな笑み。


「……ありがとう。エルシオさん」


 その言葉を最後に、二人は門を抜けた。

 アルディナの街が、背後にゆっくりと遠ざかっていく。

 風が二人の髪を揺らし、空には白い雲が流れていた。

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