3話 初めての戦い
喉の奥で声が凍りつく。
ゴブリンは唸り声を上げながら、短剣を握りしめこちらに突き進んできた。
その動きは小柄ながら素早く、狩人が獲物を追い立てるような鋭さがあった。
「っ……!」
反射的に背を向け、走り出す。
街まではもう近い。門まで逃げ込めば兵士がいる。
頭ではそう考えるが、体は恐怖に震えて思うように動いてくれない。
背後から荒い息づかいが迫る。足音が地面を叩き、確実に距離を詰めてくる。
こんなに速いのか、と頭が真っ白になる。
普段、街の中で平穏に暮らすだけの自分が、魔物に追われているなんて――。
心臓の音ばかりが大きくなり、肺が焼けるように苦しい。
だが足は止まらない。止まれば終わりだと、本能が叫んでいた。
しかし、終わりは唐突に訪れる。
足元の石に躓き、前のめりに倒れ込んだのだ。
「ぐっ……!」
地面に手をついた瞬間、肩に重みがのしかかる。
振り返ると、血走った目のゴブリンがこちらを押さえ込み、短剣を振りかざしていた。
――死ぬ。
そう思った瞬間、世界が変わった。
◆
視界に何かが見えたわけではない。
だが、強烈な“確信”が頭を貫いた。
――そこが弱い。
ゴブリンの胸元。
そこに意識が引き寄せられる。
打ち込めば倒せると、理屈ではなく直感が告げていた。
「……俺の……スキル……?」
思考より先に、体が動いていた。
傍らに転がっていた木の枝を掴み、全身の力を込めて、その一点へ叩きつける。
ゴブリンの体が大きくのけぞった。
短剣が手から滑り落ち、地面に転がる。
偶然なんかじゃない。
あの瞬間、確かに“ここだ”と分かったから狙ったのだ。
「はぁっ……はぁっ……!」
荒い息を吐きながら、再び枝を振り下ろす。
脳裏に焼き付いたその一点へ。
鈍い衝撃が手に伝わり、ゴブリンが呻き声を上げて崩れ落ちる。
数度痙攣した後、完全に動きを止めた。
◆
しばらくの間、エルシオはその場に座り込んだまま動けなかった。
全身が震えている。恐怖と、そして理解できない驚きのせいで。
――〈弱点看破〉が……生き物にも通じた。
今まで、建物や道具にしか使えないと思っていた。
家の柱、剣の刃、屋根の継ぎ目……。
だが、今。魔物の命を奪う“弱点”がはっきりと分かってしまった。
「俺のスキル……モンスターにまで……」
声に出した瞬間、背筋が冷たく震える。
これは力なのか。それとも……。
息を整えながら立ち上がり、折れた枝を握りしめる。
街の灯りはもう目の前に見えている。
だがその帰路は、今までよりもずっと重たく感じられた。




