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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
第1章 呪鎖編1
27/47

27話 鎖の撓み

 夜の街は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 宿の窓から差し込む灯りが、薄いカーテン越しにゆらゆらと揺れる。


 二人が泊まった部屋は、古びているが清潔だった。

 アリシアはベッドの端に座り、剣の手入れをしている。

 エルシオは椅子に腰を下ろしながら、その様子を静かに見守っていた。


 「……今日も、いろいろありましたね」

 「ええ。まさか、あんな話を聞くとは思いませんでした」


 エルシオはランプの芯を少し調整し、明るさを落とした。

 夜の空気が、ようやく落ち着きを取り戻していく。


 「アリシアさん、あの……少し、“鎖”を見てもいいですか?」

 「もちろん。あなたにしか見えないものですから。」


 アリシアは軽く頷き、上着を外す。

 エルシオは視線を逸らしながらも、意識を集中させた。

 スキル《弱点看破》が静かに発動する。


 光が視界に流れ込み、アリシアの胸の奥――心臓の位置に、再び“鎖”が現れた。

 中心から四方に伸びる鎖。

 そのうちの一本が、わずかにたわんでいる。


 (……前は、全部ぴんと張っていたのに……)


 何かが違う。

 その緩みは、偶然ではないように思えた。

 まるで、その先が“ほんの少し近づいた”かのように。


 「どうですか?」

 アリシアの声で、エルシオはゆっくり息を吐いた。


 「鎖が……一本だけ撓んでいます。

  他の三本は変わらないのに、その一本だけ……少し、緩んで見えるんです。」


 アリシアは眉を寄せた。

 「撓んでいる……それは、どういう意味でしょう?」


 「たぶん……その“先”にある何かが、前よりも近くにあるのかもしれません。」

 エルシオは迷いながらもそう答えた。

 「もしかすると、この街のどこか……あるいは、もう少し先か。」


 アリシアは机に広げていた地図を手に取り、指で北東をなぞった。

 「この街から東北の方角には、“フェルデア”という街があります。

  交易の中心地で、古い神殿跡も残っている……。

  もし“鎖”がその方向を指しているなら、手がかりがあるのはそこかもしれません。」


 「フェルデア……。」

 エルシオはその名前を口の中で繰り返した。

 見たこともない街、聞いたこともない土地。

 けれど、胸の奥がわずかに熱くなる。


 「行ってみましょう。もしかしたら、本当に“近い”のかもしれません。」

 「ええ。……この旅が、また一歩進む気がします。」


 アリシアは剣を鞘に収め、窓の外を見た。

 星々が散る夜空。

 そのきらめきは、まるで“撓んだ鎖”の先を照らしているかのように見えた。


 「あなたのスキル……本当に、不思議ですね」

 「僕もそう思います。でも、こうして誰かの役に立てるのなら、悪くないです」


 アリシアが静かに笑う。

 柔らかく、どこか安堵を含んだその笑みを、エルシオはただ見つめていた。


 「明日の朝、出発しましょう。フェルデアへ。」

 「はい。」


 ランプの灯が静かに揺れ、二人の影を壁に映す。

 その影は、確かに同じ方向を向いていた。

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