26話 ざわめく街
昼下がりの陽光が、街の門を黄金色に照らしていた。
石造りの高い城壁。その上には見張りの兵が立ち、弓を手にして行き交う人々を見下ろしている。
エルシオは歩みを止めて見上げた。
「……すごい。本でしか見たことがなかったけど、街ってこんなに大きいんですね」
「ここは“アルディナ”という交易都市です。
南の街や港から物資が集まるので、人も多いんですよ。」
アリシアの説明に、エルシオは素直に頷いた。
街の入り口には荷車を引く商人や旅人たちが列を作り、衛兵が一人ひとりの荷を確認している。
金属の鎧が太陽に反射して眩しく光る。
「賑やかですね……ノヴァリスとは全然違う」
「ええ。ですが、油断は禁物です。」
「え?」
「大きな街ほど、情報も混ざり合います。
正しいことも、間違ったことも、ここにはすべて集まりますから。」
アリシアの言葉に、エルシオは少し背筋を伸ばした。
二人は衛兵の検問を受け、無事に街の中へと足を踏み入れる。
――喧騒。
人の声、馬の嘶き、遠くで響く鐘の音。
屋台の客引き、鍛冶屋の金槌の音、香辛料の匂いが入り混じる。
ノヴァリスの穏やかな空気とはまるで違う、活気に満ちた空間だった。
「……すごい。目が回りそうです。」
「すぐに慣れますよ。初めての街は、誰だってこうなります。」
アリシアはわずかに微笑み、行き交う人々の間をすり抜けるように歩く。
その姿を追うように、エルシオも慎重に足を進めた。
広場に出ると、中央の噴水の周りに人が集まっていた。
旅人や商人、そして──冒険者らしき者たち。
鎧を身につけた若い男たちが、酒瓶を片手に話している。
「……最近、このあたりの森にも出るらしいぞ。」
「まさか、魔獣がか?」
「いや、最初はゴブリンだったらしいんだ。けど今は、どうも違うらしい。牙が異常に伸びてるとか。」
「おいおい、そんな話信じてんのか? ただの作り話だろう。」
半笑いの声に、もう一人が真剣な表情で首を振る。
「いや、本当だ。知り合いのパーティが南の林で襲われた。
一人が重傷だ。しかも、あの辺りに魔獣が出たなんて、今まで一度もなかった。」
エルシオはその会話に耳を傾けながら、アリシアの表情を伺った。
彼女の瞳は静かだったが、奥にかすかな緊張が宿っていた。
「アリシアさん……。」
「ええ。やはり、ノヴァリス周辺だけの話ではないようですね。」
二人は噴水のそばの石段に腰を下ろした。
街の喧騒の中でも、どこか落ち着かない気配が漂っている。
「魔物の数が増えているだけじゃなく、質も変わってきているのかもしれません。」
「質……ですか?」
「ええ。強さだけではなく、何か……“意志”のようなものを感じる。
さっきの魔獣もそうでした。まるで“目的”があるかのような動きでしたから。」
エルシオは小さく息をのむ。
思い出すのは、あの夜の咆哮と、冷たい眼光。
「……もしかして、アリシアさんが言っていた“導かれているようだった”というのは――」
「ええ。あの時は確信が持てませんでしたが、こうして話を聞くと……」
アリシアは唇を噛み、言葉を濁した。
「まさか、誰かが魔獣を……?」
「まだ断定はできません。でも、何かが“起こっている”のは確かです。」
風が噴水の水面を撫で、冷たい飛沫が二人の頬にかかった。
通りを行き交う人々の笑い声が、妙に遠くに聞こえる。
「とりあえず今日は宿を取りましょう。」
アリシアが立ち上がり、手短に周囲を見回した。
「明日、冒険者ギルドに寄ってみます。きっと、何か情報が得られるはずです。」
「はい。」
エルシオも立ち上がる。
彼の視線は再び街の空へと向けられた。
陽は傾き始め、遠くの空がわずかに赤く染まっていく。
人々の笑い声と市場の喧騒の中に、
目に見えない不穏な“ざわめき”が、確かに混じっていた。




