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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
第1章 呪鎖編1
26/47

26話 ざわめく街

 昼下がりの陽光が、街の門を黄金色に照らしていた。

 石造りの高い城壁。その上には見張りの兵が立ち、弓を手にして行き交う人々を見下ろしている。


 エルシオは歩みを止めて見上げた。

 「……すごい。本でしか見たことがなかったけど、街ってこんなに大きいんですね」

 「ここは“アルディナ”という交易都市です。

  南の街や港から物資が集まるので、人も多いんですよ。」


 アリシアの説明に、エルシオは素直に頷いた。

 街の入り口には荷車を引く商人や旅人たちが列を作り、衛兵が一人ひとりの荷を確認している。

 金属の鎧が太陽に反射して眩しく光る。


 「賑やかですね……ノヴァリスとは全然違う」

 「ええ。ですが、油断は禁物です。」

 「え?」

 「大きな街ほど、情報も混ざり合います。

  正しいことも、間違ったことも、ここにはすべて集まりますから。」


 アリシアの言葉に、エルシオは少し背筋を伸ばした。

 二人は衛兵の検問を受け、無事に街の中へと足を踏み入れる。


 ――喧騒。


 人の声、馬の嘶き、遠くで響く鐘の音。

 屋台の客引き、鍛冶屋の金槌の音、香辛料の匂いが入り混じる。

 ノヴァリスの穏やかな空気とはまるで違う、活気に満ちた空間だった。


 「……すごい。目が回りそうです。」

 「すぐに慣れますよ。初めての街は、誰だってこうなります。」


 アリシアはわずかに微笑み、行き交う人々の間をすり抜けるように歩く。

 その姿を追うように、エルシオも慎重に足を進めた。


 広場に出ると、中央の噴水の周りに人が集まっていた。

 旅人や商人、そして──冒険者らしき者たち。

 鎧を身につけた若い男たちが、酒瓶を片手に話している。


 「……最近、このあたりの森にも出るらしいぞ。」

 「まさか、魔獣がか?」

 「いや、最初はゴブリンだったらしいんだ。けど今は、どうも違うらしい。牙が異常に伸びてるとか。」

 「おいおい、そんな話信じてんのか? ただの作り話だろう。」


 半笑いの声に、もう一人が真剣な表情で首を振る。

 「いや、本当だ。知り合いのパーティが南の林で襲われた。

  一人が重傷だ。しかも、あの辺りに魔獣が出たなんて、今まで一度もなかった。」


 エルシオはその会話に耳を傾けながら、アリシアの表情を伺った。

 彼女の瞳は静かだったが、奥にかすかな緊張が宿っていた。


 「アリシアさん……。」

 「ええ。やはり、ノヴァリス周辺だけの話ではないようですね。」


 二人は噴水のそばの石段に腰を下ろした。

 街の喧騒の中でも、どこか落ち着かない気配が漂っている。


 「魔物の数が増えているだけじゃなく、質も変わってきているのかもしれません。」

 「質……ですか?」

 「ええ。強さだけではなく、何か……“意志”のようなものを感じる。

  さっきの魔獣もそうでした。まるで“目的”があるかのような動きでしたから。」


 エルシオは小さく息をのむ。

 思い出すのは、あの夜の咆哮と、冷たい眼光。


 「……もしかして、アリシアさんが言っていた“導かれているようだった”というのは――」

 「ええ。あの時は確信が持てませんでしたが、こうして話を聞くと……」

 アリシアは唇を噛み、言葉を濁した。


 「まさか、誰かが魔獣を……?」

 「まだ断定はできません。でも、何かが“起こっている”のは確かです。」


 風が噴水の水面を撫で、冷たい飛沫が二人の頬にかかった。

 通りを行き交う人々の笑い声が、妙に遠くに聞こえる。


 「とりあえず今日は宿を取りましょう。」

 アリシアが立ち上がり、手短に周囲を見回した。

 「明日、冒険者ギルドに寄ってみます。きっと、何か情報が得られるはずです。」


 「はい。」

 エルシオも立ち上がる。

 彼の視線は再び街の空へと向けられた。

 陽は傾き始め、遠くの空がわずかに赤く染まっていく。


 人々の笑い声と市場の喧騒の中に、

 目に見えない不穏な“ざわめき”が、確かに混じっていた。

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