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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
第1章 呪鎖編1
25/47

25話 静寂

夜明けの森は、深い霧に包まれていた。

 戦いの余韻がまだ微かに残る空気の中、木々の葉が露をこぼし、淡い光が差し込んでいく。


 アリシアは剣を腰に戻し、辺りを警戒するように視線を走らせた。

 「……もう、大丈夫そうですね。」

 「ええ。今のところ、魔物の気配はありません。」


 エルシオは慎重に周囲を見渡した。

 昨日の激しい戦闘が嘘のように、森は静まり返っている。

 風が木々を揺らすたび、葉が触れ合って柔らかな音を立てた。


 「森の中を少し歩いて、状況を確かめておきましょう。」

 アリシアの声は落ち着いていた。

 だがその歩幅は、いつもよりわずかに狭い。疲れを感じさせないようにしているのが、エルシオには分かった。


 二人は言葉少なに歩き続けた。

 枯れ枝を踏むたびに、パキッという音が静けさを裂く。

 それでも、モンスターの姿は見えなかった。

 数分が過ぎ、ようやくアリシアが足を止めた。


 「……ここまで来れば、もう大丈夫でしょう。」

 「そうですね。少し休みませんか?」


 アリシアは頷き、近くの倒木に腰を下ろした。

 エルシオも隣に座り、肩から小さな布袋を降ろす。中には干し肉と水筒。

 森の空気はまだひんやりとしていて、息を吸うと冷たい香りが鼻を抜けた。


 「ふう……落ち着きましたね。」

 「はい。ようやく……。」


 エルシオが微笑むと、アリシアは少しだけ表情を和らげた。

 昨夜の戦闘の緊張が、ようやく解け始めていた。

 しばし沈黙が流れる。鳥の声もまだ戻らず、風の音だけが静かに二人を包み込む。


 「……やはり、妙です。」

 アリシアがぽつりと呟いた。

 「妙?」

 「魔獣が、こんな辺境に現れるなんて。普通ではありません。」


 エルシオは少し目を瞬かせる。

 「そんなに珍しいことなんですか?」

 「ええ。魔獣は強い魔力の流れに惹かれて行動します。

  この辺りのような、静かな森に出ることなんてほとんどありません。」


 「なるほど……確かに街の人たちも、魔獣なんて滅多に聞きませんでした。」

 エルシオが頷くと、アリシアは火のない焚き火跡を見つめながら言葉を続けた。


 「それに、あの個体――レベルで言えば3程度でしょう。

  普通の冒険者でも対処できる相手です。

  それなのに、わざわざ人の多い街の近くまで現れるなんて……。」


 「やっぱり、何かがおかしいんですね。」

 「ええ。」

 アリシアの声には、確信にも似た響きがあった。


 「魔獣は“偶然”では動きません。

  誰かの意志、あるいは大きな流れの変化があった時に姿を見せます。

  けれど、今の世界にはそんな兆候は報告されていないはず……。」


 エルシオは息をのみ、小さく頷いた。

 「それに、最近モンスター自体が増えているような気がします。」

 「……モンスターが?」

 「はい。僕もこの前、街の外でゴブリンに襲われましたし。

  アリシアさんも、商人を助けた時にモンスターに遭遇していましたよね。」


 「そうでしたね。」

 アリシアは視線を遠くに向ける。

 「確かに、あれもおかしかった。

  あの場所は、普段モンスターが出るような土地ではありませんでした。

  それが、立て続けに現れるなんて……」


 エルシオは小さく拳を握る。

 彼女の言葉のひとつひとつが、頭の中の点をつないでいくようだった。


 「偶然じゃない気がします。」

 「私もそう思います。」

 アリシアは静かに頷いた。

 「何かが変わっている。

  世界のどこかで、魔力の流れが乱れているのかもしれません。」


 少しの間、ふたりは黙っていた。

 森の静けさが、まるで息をひそめているように感じられた。


 「でも……おかしいんです。」

 アリシアが再び口を開いた。

 「おかしい?」

 「はい。今夜の魔獣――ただ暴れていたわけではありません。

  あの動き、どこか“探していた”ように見えました。」


 「探していた……?」

 「ええ。まるで何かを見つけようとしていたような……そんな印象でした。」

 アリシアの指先が、無意識に剣の柄に触れる。


 「まさか……僕たちを、ですか?」

 「わかりません。けれど――」

 アリシアは少し目を伏せた。

 「視線の向け方、間の取り方、攻撃の狙い……すべてが無意味ではなかった。

  まるで“確認”していたようでした。」


 「確認……?」

 「何を、とは言えません。

  でも、あの目は“興味”ではなく、“確信”に近かった気がします。」


 その言葉に、エルシオは言葉を失った。

 森の静けさが、逆に不気味に思えてくる。


 やがて、アリシアはゆっくりと息を吐き、少し笑みを見せた。

 「まあ、考えすぎかもしれませんね。

  でも……気をつけて進みましょう。」


 「……はい。」


 小鳥のさえずりがようやく戻り始めた。

 夜の名残を追い払うように、朝の光が差し込んでくる。

 二人は立ち上がり、再び森の奥へと歩き出した。


 その背後で、風が木々を揺らした。

 まるで、何かが彼らの行く先を見守っているかのように――。

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