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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
第1章 呪鎖編1
24/47

24話 一閃の光

森に、獣の息づかいが充満していた。

 濃い霧のような瘴気が漂い、息をするだけで喉が焼けるようだ。

 風が止まり、虫の鳴き声すら消えていた。


 ――ここはもう、生き物の世界ではない。


 「下がってください!」

 アリシアの声が響くと同時に、四体の狼が低く唸り、地を蹴った。

 その姿は、普通の狼より一回り大きい。

 だが、動きは倍以上に鋭い。

 牙の光が夜気を裂き、月光を反射して閃光のように走る。


 エルシオは後方で息を詰め、目を凝らす。

 彼のスキルが反応した――視界の端に、淡い光が浮かぶ。

 狼たちの首筋、そして足の付け根。

 弱点が、直感的にわかる。


 「アリシアさん、右の個体、足の付け根です!」

 声が震えながらも届く。

 アリシアは即座に反応し、身を翻して刃を横に走らせた。

 月明かりが一閃し、狼が苦悶の声をあげて崩れ落ちる。


 だが、倒れても終わらない。

 その血が地に染みるより早く、魔獣の足元から新たな影が浮かび上がった。


 「――また!」

 アリシアが歯を食いしばる。

 魔獣の周囲に漂う紫の魔力が渦を巻き、霧のように狼の形を取る。

 四体。

 まったく同じ姿、同じ間合い、同じ息遣い。


 「召喚……スキルを使ってる……!」

 エルシオの声がこぼれる。

 魔獣は動かない。ただ静かに見ている。

 まるで、この戦いを観察しているようだった。


 アリシアは深呼吸をひとつ置き、姿勢を低くした。

 足元に力を込め、地を蹴る。

 その動きは鋭く、狼の一体を斬り裂くと同時に回転して二体目の喉を貫いた。

 鮮やかに、正確に――だが、息つく暇もなく、また同じ数の影が現れる。


 「まるで、終わりがありません……!」

 アリシアが呟く。

 風が彼女の髪を揺らし、額に汗がにじんだ。

 彼女の動きは鈍っていない。だが、確実に体力を削られている。


 「アリシアさん……っ!」

 「大丈夫です。――でも、これでは埒が明きませんね」


 エルシオはその言葉を聞きながら、目を細めた。

 アリシアの背中越しに見える魔獣――その巨体の右胸、そこにわずかに明滅する光があった。

 「右胸……あそこが、弱点です!」

 思わず声を上げる。


 アリシアは視線を向け、すぐに理解する。

 だが、狼の壁がそれを阻む。

 前に出れば囲まれる。横に避ければ、再召喚で押し潰される。


 魔獣は相変わらず一歩も動かず、ただ見下ろしていた。

 その眼には、まるで人間の知性のような冷たさが宿っている。


 「……本当に、厄介なスキルです」

 アリシアは息を吐くと、刃を少し下げた。

 戦意を失ったように見えたその姿に、狼たちが一斉に飛びかかる。


 だが、その瞬間だった。


 月光が、銀髪を照らした。

 空気が震え、地面の砂が一瞬で舞い上がる。


 エルシオが息を呑んだ。

 感じる。彼女の周囲の魔力の流れが、急激に膨れ上がる。

 まるで、圧縮された空気が爆ぜる前の静けさ。


 「――《力の解放》」


 アリシアの声が、夜を切り裂いた。

 次の瞬間、世界が弾けた。


 風が爆発した。

 音が遅れて届く。

 エルシオの視界の中で、アリシアが消えた。

 銀の閃光が走り、四体の狼が一瞬で消し飛ぶ。

 肉が裂け、骨が砕ける音が、風の中に飲まれていく。


 「……は、速すぎる……!」


 言葉にすることすら難しい。

 彼女の姿は、残像のようにしか見えなかった。


 狼を斬り抜けたアリシアは、勢いのまま地を蹴り、一直線に魔獣の懐へ飛び込む。

 赤黒い瞳が反応する。だが、遅い。


アリシアの剣が光を放ち――一閃。

 音もなく、魔獣の首が宙を舞った。


 紫の霧が弾け、同時に狼たちも消え去る。

 魔獣の巨体が地面に崩れ落ちると、森を覆っていた瘴気が一瞬で晴れていった。

 静寂。

 夜の風が戻り、月が雲の切れ間から顔を出す。


 エルシオはただ、立ち尽くしていた。

 目の前にあるのは、まるで神話のような光景。


 「……これが、アリシアさんのスキル……!」

 その声は驚きと敬意が混じっていた。


 アリシアはゆっくりと剣を鞘に納め、静かに微笑む。

 「はい。けれど……あまり使いたくはなかったです。

  限りがあるので。」


 風が二人の間を通り抜け、草がかすかに揺れた。

 アリシアの髪が月光を受け、淡く煌めく。

 その横顔はどこか寂しげで――けれど、凛としていた。


 「……行きましょう。夜明けまでに、ここを抜けます。」

 「はい。」


 そう答えたエルシオの声には、まだ少し震えが残っていた。


 二人は歩き出す。

 森に残る血の匂いが、夜風に流されていく。

 その背後で、倒れた魔獣の影が微かに蠢いた。

 紫の燐光が一瞬だけ灯り、そして完全に消えた。

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