21話 アリシアの戦い
森の空気がぴんと張りつめていた。
風が止み、鳥の声さえ消える。
エルシオは息をのんだ。
「エルシオさん、下がってください」
アリシアの声は静かで、けれど鋭かった。
鞘から抜かれた銀の剣が光を反射し、わずかに森を照らす。
茂みが揺れる。
そこから現れたのは、棍棒を握る小さな影――ゴブリンだった。
唸り声とともに飛びかかる。
一瞬。
風を裂く音とともに、アリシアの姿が消えた。
次の瞬間、銀光が閃き、ゴブリンの動きが止まる。
そのまま、音もなく崩れ落ちた。
剣を払う仕草まで無駄がなく、流れるようだった。
「……もう大丈夫です」
アリシアは息を整えながら言った。
エルシオはただ、呆然と見つめる。
あの小柄な体のどこに、こんな力があるのか。
そして、なぜこの人はここまで冷静でいられるのか。
「……すごい」
かすれた声でそう言うと、アリシアは小さく笑った。
「慣れていますから」
それだけ言って、すぐに踵を返す。
その横顔には、どこか冷たい影が落ちていた。
⸻
夕暮れ。
二人は森を抜けて小さな丘に腰を下ろした。
アリシアが火を起こし、焚き火が小さくぱちぱちと鳴る。
「街を出て一日目。どうでしたか?」
「……全部が初めてでした。風も、匂いも、音も……。でも、怖くはなかったです」
「それは良かった」
アリシアは鍋に水を注ぎながら、静かに微笑む。
火の粉が舞い、彼女の銀髪に淡い光が映った。
「でも、戦う姿を見て……思ったんです」
「?」
「僕も少し、強くなりたいです。
守れるようになりたい。誰かを支えられるくらいに」
その言葉に、アリシアの手が一瞬止まった。
しばらく黙り込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「……“守るために戦う”。そういう言葉、私は少し苦手なんです」
「え?」
「私が剣を取ったのは、誰かを守るためじゃありません。
大切なものを奪われたから……。
取り戻すために戦っただけです」
エルシオはその言葉に息をのんだ。
焚き火の赤い光が、アリシアの瞳の奥に映っている。
けれどその輝きは、どこか遠く、悲しげだった。
「それでも、誰かを助けているじゃないですか」
「……そう見えるだけですよ」
アリシアは小さく笑い、焚き火に視線を落とす。
「私の戦いは、誰かのためじゃなく、自分のため。
だから、誇れたものじゃないんです」
その声は静かで、けれどどこか痛みを含んでいた。
エルシオは言葉を失い、火の粉が舞う音だけが耳に残った。
長い沈黙のあと、アリシアがふっと表情をやわらげる。
「でも……あなたのように言える人は、きっと強いと思います」
「僕が……?」
「はい。優しさを持って戦える人は、強いです。
それは私にはなかったものだから」
エルシオは胸の奥が締めつけられるような気がした。
この人は、どれほどのものを背負ってここにいるのだろう。
「……アリシアさん」
「はい?」
「僕、少しずつでいいので、教えてください。
強くなる方法を」
アリシアはゆっくり顔を上げ、微笑んだ。
「分かりました。無理のない範囲で、少しずつ」
焚き火の光が二人を照らす。
その夜、エルシオは初めて“自分の力で何かを変えたい”と強く思った。




