2話 街の外、小屋、そして影
街の門をくぐると、途端に空気が変わる。
ノヴァリスの中では石畳を踏みしめる音や人の喧騒が絶えなかったのに、外に出れば土の道が続き、耳に届くのは風が草を揺らす音ばかり。
エルシオは思わず肩をすくめた。
街の外など、数えるほどしか出たことがない。
別に禁止されているわけではない。だが、冒険者でもない限り外に出る必要はないのだ。
ましてや彼のように修繕の仕事をするだけなら、街の中で事足りる。
今日は依頼があったから仕方なく歩いているが、心地よいとは到底言えなかった。
――けれど目的の小屋はすぐそこにある。
街からほんの五分、道なりに進んだ先に建っていると聞かされていた。
◆
ほどなくして、小さな木造の小屋が視界に入った。
人影はない。周囲の草木も静まり返っている。
古びた扉を押して中に入ると、乾いた木の匂いが鼻をついた。
「……思ったより傷んでるな」
エルシオは目を閉じ、意識を集中させる。
〈弱点看破〉が働き、直すべき箇所が自然に理解できた。
屋根の梁。壁の継ぎ目。床の軋み。
どれも致命的ではないが、このまま放置すれば数年ももたないだろう。
「梁を補強して、壁板を数枚張り替えれば十分か」
口に出してみて、自分の中で答えが固まったのを確認する。
仕事としてはごく簡単な部類だ。
数日中に大工に伝えれば終わるだろう。
それだけ確認すると、エルシオは小屋を後にした。
◆
帰り道。
日が傾き、空の色が少し赤みを帯びている。
まだ夕暮れには早いが、森の影が伸びて道を覆い始めると、なんとなく足が速くなった。
――街まではすぐだ。
何事もなく終わりそうだ。
そう思った、その時だった。
ガサリ、と。
脇の茂みが揺れた。
風にしては重い。
エルシオの足が止まる。心臓がいやにうるさく響いた。
次の瞬間、低い唸り声が草の中から漏れ出す。
息を呑む間もなく、緑色の小柄な影が飛び出した。
「ゴブリン……!?」
街の外に出れば魔物の危険がある。
そう教えられてはいた。だが、こんな近くで遭遇するとは思っていなかった。
手には短剣。赤黒い瞳がぎらつき、獲物を見定めるようにこちらを見据えている。
エルシオの喉が、音にならない悲鳴をあげた。




