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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
17/47

17話 答え

 夜のノヴァリスは、静かだった。

 石畳の上を渡る風が、灯りの魔石を揺らし、淡い光が家々の窓を染める。


 エルシオはそっと扉を開け、自宅に戻った。

 小さな家の中には、煮込みスープの香りが漂っている。

 湯気の向こうで、姉のミレナが椅子に腰掛けていた。

 彼女の手には温かなマグカップ。ほのかなハーブの香りが立ち上る。


「おかえり、エル。遅かったじゃない。」


「うん。……ちょっと、考え事してて。」


 靴を脱ぎながら答える声は、どこか疲れていた。

 ミレナはそれだけで弟の心の中を察し、穏やかに微笑む。


「ふふ、そうだと思った。顔に“悩んでます”って書いてあるもの。」


 エルシオは苦笑いし、椅子に腰を下ろした。

 木のテーブルには湯気の立つスープが置かれている。


「……今日ね、ちょっと不思議な人と出会って。」


「不思議な人?」


「うん。旅の途中で立ち寄った人。剣の修繕を頼まれたんだ。

 でも、その人……ただの旅人じゃなかった。」


 エルシオは、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 彼女が呪いを受けていること。

 自分のスキルで“鎖”のようなものを見たこと。

 そして――その旅に誘われたこと。


 ミレナは黙って聞いていた。

 相槌も打たず、ただ弟の声を最後まで受け止めるように。


 話し終えたあと、少しの沈黙が落ちる。

 そして、ミレナは軽く息をついた。


「……なるほど。

 それでエルは、“どうするか”悩んでるのね。」


「うん。正直、怖いんだ。

 でも、放っておけなくて。」


 ミレナは静かに頷いたあと、少しだけ笑みを浮かべた。


「……じゃあ、占ってみよっか?」


「え?」


「家族割で……金貨一枚!」


「高いよ!」


 二人の笑い声が、温かく部屋に広がった。

 それは、ほんのひとときの安らぎだった。


 だが、ミレナは笑みを少し引き締め、マグカップをテーブルに置く。


「――でもね、今回は占わない。」


「……どうして?」


「占いって、本当は“迷っている人の背中を押す”ためのものなの。

 でも、これは違う。

 行くかどうかは、誰かに決めてもらうことじゃない。

 自分で選ばなきゃ、きっと後悔するわ。」


 その言葉は、優しさの中に芯の強さを秘めていた。

 エルシオは視線を落とし、湯気の向こうにぼんやりとした影を見つめる。


「……怖いんだ。」


「そうでしょうね。」


「でも、助けたいんだ。」


 ミレナは微笑んだ。

 その表情は、どこか誇らしげでもあった。


「なら、もう答えは出てるじゃない。」


「……そうなのかな。」


「そうよ。」


 ミレナは立ち上がり、エルシオの頭に手を置いた。


「行くなら、必ず帰ってきなさい。

 ……それが、姉からの条件。」


「……うん。約束する。」


 その言葉に、ミレナは安心したように微笑み、再び椅子に腰を下ろした。


 静かな夜。

 窓の外には、月明かりが優しく差し込んでいる。


 占わない夜――

 けれど、エルシオの心には、もう一つの答えがはっきりと見えていた。

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