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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
16/47

16話 葛藤

 粉々に砕けた楔の残光が、まだ空気の中に揺らめいていた。

 沈黙の中、エルシオとアリシアは向かい合っていた。


 痛みが消えたという彼女の表情は穏やかで、どこか安堵しているようにも見えた。

 だが、その瞳の奥には、まだ何かを決意している光が宿っていた。


「……エルシオさん」

「はい?」

「お願いがあります。」


 その声音は、静かでありながら確かな意志を帯びていた。


「この“鎖”を……解く旅に、私と一緒に来てほしいんです。」


 言葉が空気を震わせる。

 エルシオは一瞬、息を呑んだ。


「ぼ、僕が……ですか?」


「ええ。

 この鎖は、あなたにしか見えない。

 私一人では、どうにもならないんです。

 けれど、あなたの目があれば……きっと何か掴める気がします。」


 その真剣な瞳に、嘘はなかった。

 エルシオは唇を結び、心の中でいくつもの声がぶつかり合うのを感じた。


 ノヴァリスの外には、何度か行ったことがある。

 けれど、それは修繕の見積もりや荷運びなど、短時間の仕事のためだった。

 魔物の影など一度も見たことがなかった――あの日までは。


 初めて襲われた時、死を覚悟した。

 だからこそ、外の世界に対しては恐怖の方が強い。

 けれど、それ以上に今、目の前の彼女の表情が胸を締めつけた。


「僕なんかが行って……役に立てるんでしょうか。」


「あなたにしかできないことです。

 見える人がいなければ、この呪いは解けません。

 だから……どうか、力を貸してください。」


 アリシアの声は穏やかだった。

 けれどその響きの奥には、諦めの影がほんの少し混じっていた。


 エルシオは目を伏せる。

 やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……この呪い、どこで受けたんですか?」


「……魔王を倒したとき、です。」


 エルシオの瞳が大きく見開かれる。


「ま、魔王を……倒した?」


「ええ。世間では“勇者”と呼ばれているみたいです。」


 アリシアはかすかに微笑んだ。

 けれどその笑みは、どこか遠くを見つめているようだった。


「でも……その呼び方は、好きじゃないんです。」


「どうして?」


「勇者とは“勇気ある者”のこと。

 でも、私は勇気なんて持っていなかった。

 ……“奪われたから、戦った”んです。」


 その言葉に、エルシオは息を詰めた。

 悲しみと怒りと悔しさが混ざり合った声。

 彼女が背負ってきたものの重さが、ようやく伝わってくる。


「だから、“勇者様”なんて呼ばないでください。

 ただのアリシア、でいいです。」


 その声は柔らかく、けれどどこか脆い。

 長い旅路で心を削り続けた者の声だった。


「……わかりました。アリシアさん。」

「ふふ、“さん”はいりません。」


 小さな笑い声がこぼれる。

 その一瞬だけ、彼女は年相応の少女のように見えた。


「痛みは消えました。けれど……力は戻っていません。

 この鎖が、私の“力”を封じているのだと思います。」


 アリシアの声は静かだが、決意に満ちていた。

 もう、逃げる気はない。


「……少し、考えさせてください。」


 エルシオがそう告げると、アリシアは微笑み、軽く頷いた。


「もちろんです。急かすつもりはありません。

 でも、明日また……お返事を聞きに来ますね。」


 そう言って、アリシアは立ち上がった。

 銀の髪がふわりと揺れ、光を受けて淡く輝く。


「今日は本当にありがとうございました。」


 深く一礼して、彼女は扉の向こうへと姿を消した。

 静かな音を立てて扉が閉まると、部屋の中には静寂だけが残る。


 エルシオは椅子に沈み込み、長く息を吐いた。


 “奪われたから、戦った”。

 その言葉が、いつまでも胸の奥で響いていた。

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