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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
15/47

15話 楔と鎖

静まり返った工房の中。

 窓から差し込む陽の光が、二人の影を淡く照らしていた。

 エルシオは机の前で立ち尽くし、アリシアは静かに椅子に腰を下ろしていた。

 どちらも、これから起こることの意味を掴みかねている。


「……本当に、見てもいいんですか?」

 エルシオの声には、戸惑いと慎重さが入り混じっていた。


「ええ。構いません。

 あなたの目で、この呪いの“正体”を見つけてください。

 そうすれば……何かが分かる気がするんです。」


 アリシアは鎧の留め具を外し、胸元を少し開いた。

 白い肌が光を受け、かすかに輝く。

 その仕草に一瞬息を呑むが、エルシオは視線を逸らさず、真剣に頷いた。


 深呼吸をひとつ。

 そして、スキル《弱点看破》を発動する。


 世界がゆらぎ、音が遠ざかる。

 視界の奥で、光の糸がゆっくりと浮かび上がった。


 アリシアの胸の奥――心臓のあたりから、淡い光が四方に伸びていく。

 それは鎖のようであり、まるで何かを繋ぎ止めているかのようだった。

 どの鎖も途中で霧の中に消えていて、先は見えない。


 そして、その中心。

 鎖を束ねるように刺さる、一つの“楔”があった。

 黒く濁った光を放ちながら、かすかにひび割れている。


「……見えます。心臓の奥に、鎖のようなものが四本。

 それが中心で束ねられていて……ひとつ、ひびの入った楔が見えます。」


「楔……?」

 アリシアは小さくつぶやいた。

 その言葉を聞いただけで、胸の奥がずきりと反応する。

 まるで、その“楔”という存在が彼女の痛みの象徴であるかのように。


「触れてもいいですか?」


 エルシオの声は慎重だった。

 アリシアはわずかにためらったあと、頷く。


「……お願いします。」


 エルシオの指先が、光の中心に触れた。

 次の瞬間、楔の表面を覆っていたひびが一気に広がる。


 ――パリン。


 乾いた音を立てて、楔が砕け散った。

 空気が揺れ、光の粒が一斉に舞う。


 アリシアの身体がびくりと震えた。

 胸を押さえ、息を呑む。


「アリシアさん!」


「……だいじょうぶ。

 ……痛く、ない。

 あの焼けるような痛みが……なくなった……!」


 彼女の頬を、涙が一筋伝った。

 長い間、彼女を苦しめていた痛み――それが今、初めて消えたのだ。


 エルシオは驚きながらも、再び光の構造を見つめる。

 楔は消えている。

 だが、鎖はまだそこに残っていた。

 むしろ、よりはっきりとした形で見えるようになっている。


「……楔は壊れました。

 でも、鎖はまだ残っています。

 それが、何を意味しているのかは……僕には分かりません。」


 エルシオの声は真剣で、誠実だった。

 余計な推測をせず、ただ見えたことだけを伝える。


 アリシアは、静かにその言葉を噛み締めるように聞いていた。

 痛みが消えた。

 けれど、身体の内側に感じる“重さ”――力の鈍さは変わらない。


(そうか……その鎖が、私の力を……)


 胸の奥で、何かが確信に変わっていく。

 先代魔王との戦いで受けた呪い。

 痛みは楔、力の封印は鎖――その仕組みがようやく理解できた。


「……ありがとう。

 あなたのおかげで、少なくとも一つ……前に進めました。」


「僕は、ただ……見ただけです。」


「それでも、嬉しいんです。どうやっても分からなかった……。だけどあなたに見てもらい、痛みから解放してくれた……。それだけでも、十分救われました。」


 アリシアの笑みは、涙のあとを残したまま柔らかかった。

 エルシオはその笑顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じる。


 このスキルが修繕以外の、誰かの役に立つなんて思ったことはなかった。

 けれど、今は違う。

 たった一人の痛みを癒せたという、それだけで十分だった。


 静かな午後の光が、二人の間に差し込む。

 粉々に砕けた楔の光は、いつしか穏やかな金色の粒となり、

 彼女の肩の上で静かに消えていった。

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