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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
14/47

14話 告白

ノヴァリスの午後は、どこまでも穏やかだった。

 通りを渡る風が、鈍く光る看板を揺らす。

 修理屋の扉を押すと、鉄と油の匂いが鼻をついた。


「おお、修繕屋の坊主か。昨日の剣なら、もう仕上がってるぞ」


 中年の職人が手を拭いながら振り返る。

 作業台の上には、見覚えのある銀の剣。

 研ぎ直された刃は曇りひとつなく、光を吸い込むように沈んでいた。


「……すごい剣だな。これの持ち主は一体何者だ?」


「旅の人の、です。ありがとうございます」


 短く答えて礼を述べると、職人は肩をすくめて再び炉へ戻った。

 エルシオは丁寧に剣を鞘へ収め、包み布にくるんで外へ出る。


 街路の光が少し傾き始めていた。

 昨日の彼女――あの旅の戦士の姿が、頭から離れない。

 見えてしまった“あの光景”が、胸の奥でずっとざわめいていた。


 心臓の奥から伸びる鎖のようなもの。

 四本。短く、しかし確かに存在していた。

 それは、傷でも欠陥でもない。

 もっと根の深い、“呪い”に似た何かだった。


 扉を開けて作業場に戻ると、油の匂いと木くずの香りが迎えてくれる。

 机の上には修繕図面の束。

 だが、そのどれにも手をつける気が起きないまま、ぼんやりと机に頬杖をついた。

 そんなとき、ドアが静かにノックされた。


「失礼します。……昨日、こちらに剣を預けた者です」


 柔らかい声だった。

 振り向くと、陽の光を背に、彼女が立っていた。

 銀の髪が風に揺れ、光を受けて淡く煌めく。

 その姿を見た瞬間、言葉が喉に詰まった。


「あ、えっと──」


「あの──」


 同時に口を開き、互いの言葉が重なる。

 どちらも譲らず、二人とも気まずく微笑んだ。


「どうぞ……先に」


「いえ、そちらこそ」


 そんなやり取りがしばらく続き、ようやくエルシオが小さく息をつく。


「じゃあ……まずは、改めて。僕はエルシオ。この街で修繕の仕事をしています」


「私は、アリシア。……旅の途中で、少し立ち寄らせてもらってます」


 アリシア――名前を口にした瞬間、胸の奥が少し温かくなる。

 昨日よりも柔らかな印象で、微笑むときの瞳が印象的だった。

 それでも、その笑みの奥にはどこか“痛み”が滲んでいるように見える。


「昨日の剣、きれいに仕上がりました。こちらです」


 エルシオは包みを開き、丁寧に剣を差し出す。

 アリシアは静かに受け取り、刃をわずかに引き抜いた。

 研ぎ澄まされた銀の刃が光を弾く。

 「ありがとうございます」と言い、軽く鞘を撫でるその仕草が妙に優しかった。


 ふと、アリシアが視線を上げた。

 その表情は穏やかだったが、どこか探るようでもあった。


「……昨日、体調のことを聞かれましたよね」


 エルシオの指先がわずかに震えた。

 やはり気づいていたのか。

 逃げずに話すしかない、と覚悟を決める。


「実は、僕のスキルは“物の弱っている部分”……つまり、弱点を見られるスキルなんです。

 ついこの間、ゴブリンに襲われて……その時スキルが発動して、ゴブリンの弱点も見えてしまって。

 それで、人にも使えることが分かって……」


 少し間を置き、エルシオは深く頭を下げた。


「昨日、アリシアさんにもスキルを使ってしまって……ごめんなさい。」


 静かな空気が流れる。

 アリシアは何も言わず、ただその謝罪を受け止めていた。

 エルシオは顔を上げ、苦い声で続ける。


「その時、見えてしまったんです。

 心臓のあたりから、鎖のようなものが……四本、短く伸びているのを。」


 エルシオの声は穏やかだった。

 けれど、その一言はアリシアの胸の奥に深く突き刺さる。

 “鎖”という言葉を聞いたのは、初めてだった。

 痛みの正体を示す形を、初めて他人の口から聞いたのだ。


「鎖……? 私には見えませんが……そんなものが見えたんですね。」


 困惑しながらも、アリシアは微かに笑う。

 信じきれない――けれど、彼の真っすぐな瞳を見ていると、不思議と疑う気持ちは生まれなかった。


「もしかしたら、その“呪いの弱点”も……見えるかもしれません。」


 エルシオがそう言った瞬間、アリシアの瞳にかすかな光が宿った。

 それは希望とも恐れともつかない色。

 けれど、その小さな光を彼女は見逃さなかった。


「……見てほしいです。もし、何か分かるなら。」


 迷いはなかった。

 この痛みに、もう一人で向き合うのは限界だった。

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