14話 告白
ノヴァリスの午後は、どこまでも穏やかだった。
通りを渡る風が、鈍く光る看板を揺らす。
修理屋の扉を押すと、鉄と油の匂いが鼻をついた。
「おお、修繕屋の坊主か。昨日の剣なら、もう仕上がってるぞ」
中年の職人が手を拭いながら振り返る。
作業台の上には、見覚えのある銀の剣。
研ぎ直された刃は曇りひとつなく、光を吸い込むように沈んでいた。
「……すごい剣だな。これの持ち主は一体何者だ?」
「旅の人の、です。ありがとうございます」
短く答えて礼を述べると、職人は肩をすくめて再び炉へ戻った。
エルシオは丁寧に剣を鞘へ収め、包み布にくるんで外へ出る。
街路の光が少し傾き始めていた。
昨日の彼女――あの旅の戦士の姿が、頭から離れない。
見えてしまった“あの光景”が、胸の奥でずっとざわめいていた。
心臓の奥から伸びる鎖のようなもの。
四本。短く、しかし確かに存在していた。
それは、傷でも欠陥でもない。
もっと根の深い、“呪い”に似た何かだった。
扉を開けて作業場に戻ると、油の匂いと木くずの香りが迎えてくれる。
机の上には修繕図面の束。
だが、そのどれにも手をつける気が起きないまま、ぼんやりと机に頬杖をついた。
そんなとき、ドアが静かにノックされた。
「失礼します。……昨日、こちらに剣を預けた者です」
柔らかい声だった。
振り向くと、陽の光を背に、彼女が立っていた。
銀の髪が風に揺れ、光を受けて淡く煌めく。
その姿を見た瞬間、言葉が喉に詰まった。
「あ、えっと──」
「あの──」
同時に口を開き、互いの言葉が重なる。
どちらも譲らず、二人とも気まずく微笑んだ。
「どうぞ……先に」
「いえ、そちらこそ」
そんなやり取りがしばらく続き、ようやくエルシオが小さく息をつく。
「じゃあ……まずは、改めて。僕はエルシオ。この街で修繕の仕事をしています」
「私は、アリシア。……旅の途中で、少し立ち寄らせてもらってます」
アリシア――名前を口にした瞬間、胸の奥が少し温かくなる。
昨日よりも柔らかな印象で、微笑むときの瞳が印象的だった。
それでも、その笑みの奥にはどこか“痛み”が滲んでいるように見える。
「昨日の剣、きれいに仕上がりました。こちらです」
エルシオは包みを開き、丁寧に剣を差し出す。
アリシアは静かに受け取り、刃をわずかに引き抜いた。
研ぎ澄まされた銀の刃が光を弾く。
「ありがとうございます」と言い、軽く鞘を撫でるその仕草が妙に優しかった。
ふと、アリシアが視線を上げた。
その表情は穏やかだったが、どこか探るようでもあった。
「……昨日、体調のことを聞かれましたよね」
エルシオの指先がわずかに震えた。
やはり気づいていたのか。
逃げずに話すしかない、と覚悟を決める。
「実は、僕のスキルは“物の弱っている部分”……つまり、弱点を見られるスキルなんです。
ついこの間、ゴブリンに襲われて……その時スキルが発動して、ゴブリンの弱点も見えてしまって。
それで、人にも使えることが分かって……」
少し間を置き、エルシオは深く頭を下げた。
「昨日、アリシアさんにもスキルを使ってしまって……ごめんなさい。」
静かな空気が流れる。
アリシアは何も言わず、ただその謝罪を受け止めていた。
エルシオは顔を上げ、苦い声で続ける。
「その時、見えてしまったんです。
心臓のあたりから、鎖のようなものが……四本、短く伸びているのを。」
エルシオの声は穏やかだった。
けれど、その一言はアリシアの胸の奥に深く突き刺さる。
“鎖”という言葉を聞いたのは、初めてだった。
痛みの正体を示す形を、初めて他人の口から聞いたのだ。
「鎖……? 私には見えませんが……そんなものが見えたんですね。」
困惑しながらも、アリシアは微かに笑う。
信じきれない――けれど、彼の真っすぐな瞳を見ていると、不思議と疑う気持ちは生まれなかった。
「もしかしたら、その“呪いの弱点”も……見えるかもしれません。」
エルシオがそう言った瞬間、アリシアの瞳にかすかな光が宿った。
それは希望とも恐れともつかない色。
けれど、その小さな光を彼女は見逃さなかった。
「……見てほしいです。もし、何か分かるなら。」
迷いはなかった。
この痛みに、もう一人で向き合うのは限界だった。




