12話 銀髪の勇者の胸中
工房の扉を閉め、石畳の路地に出た瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたような気がした。
同時に、胸の奥にずきりと痛みが走る。思わず手を当てて足を止めた。
――「体の調子は……どうですか?」
あの青年、エルシオの言葉が頭から離れない。
ただの気遣いかもしれない。
けれど、どうしてあの一言が出てきたのだろう。
誰も、この呪いに気づいたことはない。
人前では笑顔を作り、痛みを隠すのも慣れきっているはずだったのに。
銀の髪を風に揺らしながら、私は歩を進める。
けれど足取りは重く、石畳のひとつひとつが鎖のように身体を縛っている気がした。
胸の痛みは、剣を失った心細さでさらに濃くなる。
愛用の剣――刃も柄も、そして鞘も丸ごと修繕に預けてしまった。
腰元から、あの確かな重みが消えている。
その空虚さは、まるで自分の一部を置き去りにしたようで落ち着かなかった。
◆
一年前、私は魔王を討った。
だが、その代償として胸に呪いを刻まれた。
力を奪い、常に痛みを走らせる忌まわしい鎖。
勇者と讃えられたあの瞬間から、私の内側では終わらない戦いが続いている。
「勇者」「英雄」――人々が勝手に私に貼り付けた名。
けれど、あの戦いは勇気でも献身でもなかった。
私怨だった。ただ、奪われたものを取り戻すために剣を振るったに過ぎない。
だから、勇者と呼ばれるたびに胸が痛む。
それは呪いのせいだけではなく、名にふさわしくない自分を思い知らされる痛みだった。
◆
この一年、私は呪いを解く術を求めて旅をしてきた。
前線から遠ざかり、気づけばこんな辺境にまで足を運んでいた。
その果てに出会ったのが――あの占い。
「街の外れで商人を助けなさい」
半信半疑で従い、そこで出会ったのが修繕屋の青年だった。
エルシオ。穏やかで、どこか誠実さを纏う瞳。
占いの導きが彼を指しているのなら――あの一言も、偶然ではないのかもしれない。
◆
人々の喧騒が遠ざかり、静かな宿の部屋に戻る。
腰元を見下ろす。
そこには何もない。
剣の重みが消えただけで、こんなにも心細いものか。
まるで呪いが強まったように感じてしまう。
エルシオの顔が浮かぶ。
「体の調子はどうですか?」
その問いかけに、一瞬胸が凍りついた。
まさか、呪いに気づいたのではないか――。
けれど彼はただの修繕屋だ。
剣の不具合や建物の脆さを見抜く技に長けていても、人の奥に潜む呪いなど視えるはずがない。
そう打ち消しても、あの真剣な眼差しを思い出すたびに、胸の奥で不安と期待が交錯する。
◆
「……怖い」
ぽつりと呟いた。
勇者と呼ばれた自分が、今さら誰かに縋るなど許されない。
そんな弱さを晒すのは、あの戦いの意味すら否定してしまう気がする。
けれど。
ほんの一瞬、彼の言葉に救われたのも確かだった。
――もしかして、彼こそが。
その考えを振り払うように頭を振る。
まだ早い。信じるには早すぎる。
ただ、明日剣を受け取りに行ったとき、もし再び同じ問いを投げかけられたら。
私は、どう答えるのだろう。
窓の外には夕暮れの光。
銀髪を照らし、長く伸びる影が床に揺れている。
呪いの痛みは確かにここにある。
だがその奥で、明日への小さな期待と恐れがせめぎ合っていた。




