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呪鎖の勇者と修繕師の眼  作者: ソルト
プロローグ
12/47

12話 銀髪の勇者の胸中

 工房の扉を閉め、石畳の路地に出た瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたような気がした。

 同時に、胸の奥にずきりと痛みが走る。思わず手を当てて足を止めた。

 ――「体の調子は……どうですか?」

 あの青年、エルシオの言葉が頭から離れない。


 ただの気遣いかもしれない。

 けれど、どうしてあの一言が出てきたのだろう。

 誰も、この呪いに気づいたことはない。

 人前では笑顔を作り、痛みを隠すのも慣れきっているはずだったのに。


 銀の髪を風に揺らしながら、私は歩を進める。

 けれど足取りは重く、石畳のひとつひとつが鎖のように身体を縛っている気がした。

 胸の痛みは、剣を失った心細さでさらに濃くなる。

 愛用の剣――刃も柄も、そして鞘も丸ごと修繕に預けてしまった。

 腰元から、あの確かな重みが消えている。

 その空虚さは、まるで自分の一部を置き去りにしたようで落ち着かなかった。



 一年前、私は魔王を討った。

 だが、その代償として胸に呪いを刻まれた。

 力を奪い、常に痛みを走らせる忌まわしい鎖。

 勇者と讃えられたあの瞬間から、私の内側では終わらない戦いが続いている。


 「勇者」「英雄」――人々が勝手に私に貼り付けた名。

 けれど、あの戦いは勇気でも献身でもなかった。

 私怨だった。ただ、奪われたものを取り戻すために剣を振るったに過ぎない。

 だから、勇者と呼ばれるたびに胸が痛む。

 それは呪いのせいだけではなく、名にふさわしくない自分を思い知らされる痛みだった。



 この一年、私は呪いを解く術を求めて旅をしてきた。

 前線から遠ざかり、気づけばこんな辺境にまで足を運んでいた。

 その果てに出会ったのが――あの占い。


 「街の外れで商人を助けなさい」


 半信半疑で従い、そこで出会ったのが修繕屋の青年だった。

 エルシオ。穏やかで、どこか誠実さを纏う瞳。

 占いの導きが彼を指しているのなら――あの一言も、偶然ではないのかもしれない。



 人々の喧騒が遠ざかり、静かな宿の部屋に戻る。

 腰元を見下ろす。

 そこには何もない。

 剣の重みが消えただけで、こんなにも心細いものか。

 まるで呪いが強まったように感じてしまう。


 エルシオの顔が浮かぶ。

 「体の調子はどうですか?」

 その問いかけに、一瞬胸が凍りついた。

 まさか、呪いに気づいたのではないか――。


 けれど彼はただの修繕屋だ。

 剣の不具合や建物の脆さを見抜く技に長けていても、人の奥に潜む呪いなど視えるはずがない。

 そう打ち消しても、あの真剣な眼差しを思い出すたびに、胸の奥で不安と期待が交錯する。



「……怖い」


 ぽつりと呟いた。

 勇者と呼ばれた自分が、今さら誰かに縋るなど許されない。

 そんな弱さを晒すのは、あの戦いの意味すら否定してしまう気がする。

 けれど。

 ほんの一瞬、彼の言葉に救われたのも確かだった。


 ――もしかして、彼こそが。


 その考えを振り払うように頭を振る。

 まだ早い。信じるには早すぎる。

 ただ、明日剣を受け取りに行ったとき、もし再び同じ問いを投げかけられたら。

 私は、どう答えるのだろう。


 窓の外には夕暮れの光。

 銀髪を照らし、長く伸びる影が床に揺れている。

 呪いの痛みは確かにここにある。

 だがその奥で、明日への小さな期待と恐れがせめぎ合っていた。

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