1話 始まりの街ノヴァリス
ここノヴァリスは、大陸の中でも比較的穏やかな街だ。
城壁に囲まれた街並みには石畳の道が走り、朝になれば商人や旅人が行き交い、露店にはパンや果物、布地が並ぶ。
遠くの鐘の音と、鍛冶屋の槌音が混ざり合い、今日もまた一日が始まったと告げている。
魔王が討たれてから一年。
最前線の都市に比べれば、この街は戦火から遠く、平和そのものに見えるだろう。
人々は魔物の脅威を恐れながらも、日常を取り戻しつつあった。
◆
その街の片隅に、〈弱点看破〉という少し変わったスキルを持つ少年がいた。
名をエルシオ。十七歳。
幼い頃に両親を失い、姉のミレナと共に暮らしている。
エルシオのスキルは、剣や家の柱など――“物の脆い部分”を直感的に見抜く力だった。
柱なら「ここを補強すれば持つ」。
剣なら「ここが折れやすい」。
それを伝えるだけで、修繕の手間はぐっと減る。
冒険者のように華やかさはないが、街の大工や鍛冶屋にとってはありがたい存在だ。
その助言に銀貨十枚。大きな仕事なら金貨一枚にもなる。
姉の占いと合わせれば、二人で暮らすには十分すぎる収入だった。
◆
「おはよう、エル。今日も依頼?」
朝食のパンを切り分けながら、ミレナが声をかけてきた。
彼女は四歳年上で、今は街で小さな占い屋を営んでいる。
その能力は、悩みを抱えた人に「どうすればいいか」を示すものだった。
人の心を救う力に、多くの人々が行列を作る。
エルシオは肩をすくめて答えた。
「いや、今日は依頼が入ってないみたいだ」
そう言ってパンをかじる。
こうして何もない日は、街をぶらぶらしながら声をかけられるのを待つことになる。
暇といえば暇だが、平和な証拠でもあった。
◆
午前は本当に何もなく、エルシオは広場の噴水に腰を下ろしてぼんやり空を見上げていた。
露店の商人に冷やかされ、顔見知りの子供に手を振られ、退屈だけれど穏やかな時間。
――この生活がずっと続けばいい。
そう思っていた、その日の午後。
「エルさん、依頼です!」
駆け込んできた少年が声を張り上げた。
「街の外れにある古い小屋を見てほしいって!」
エルシオは眉をひそめた。
街の外。そこは、彼が一番避けたい場所だった。
危険だからだ。魔王が倒れたとはいえ、魔物はまだ完全に消えたわけではない。
けれど、ここしばらく仕事は少ない。
収入が減ってきたのも事実だった。
「……仕方ないか」
そう呟き、エルシオはゆっくりと腰を上げた。
その胸の奥に、わずかな不安を抱えながら。




