太郎が眠る夜には
この前、じーちゃんが死んだ。78歳だった。
糖尿病と診断されたのに、実は癌だったらしい。
最後は苦しむ事なく、安らかに眠った。
じーちゃんは、二つの形見を残していった。
「太郎」と「カセットテープ」だ。
ばーちゃんを早くに亡くし、一人きりになってしまったじーちゃん。
そんなじーちゃんを心配して、私たち家族は犬を買ってあげた。
それが「太郎」だ。
じーちゃんはいわゆる、典型的なヘンクツなガンコじじい。
『ワシにはそんな獣いらん』と言うのを無視して、半ば強制的に「太郎」を置いて来た。
ただ困った事に、「太郎」もよく吠える懐かない犬だった。
頑固者同士の共同生活は、じーちゃんが「太郎」に叫ぶと、「太郎」が吠える。
「太郎」が吠えると、じーちゃんが叩く、といった具合に最悪だったらしい。
じーちゃんは、散歩に行くときも、『おい、ただ飯喰らい。散歩に行きたいならさっさとしろ』なんて言って、唸る「太郎」を無理矢理引っ張ってた。
入院してからは、まるで自分の事を呼ぶように、死に損ないとも呼んでた。
そんなじーちゃんが死んだ。
唯一の同居人がこの世からいなくなり、今度は「太郎」が一人きりになってしまった。
私たちは、かわいそうに思い我が家で飼う事にした。
でも、じーちゃんの家にいた時以上に懐かない。
昼夜関係なく一日中吠えていたかと思うと、時折、窓の外を見ながら誰かを探すように鳴くのだ。
そんな「太郎」に困った私たちは、じーちゃんがもう一つ残していった「カセットテープ」を思い出した。
そうか、じーちゃん。二つで一つだったんだね。
「太郎」は、じーちゃんにまた会いたかっただけなんだね。
じーちゃんが残していった「太郎」は、夜になるとカセットデッキの前で静かに眠る。
「カセットテープ」の声を聴きながら。
『おい、起きろ』
『ただ飯ぐらいは勝手に食え』
『散歩だと言ってるだろうが』
『その臭い体を洗うぞ』
『ちょっと、こっちこい』
『暖かいのだけが取り得だな』
『太郎、おやすみ』




