◇37
「話をしましょう」
そう言ってきたのは、チョランの王女。私は今、王城でこれから行われる私主催のお茶会の準備をしている最中だ。ちょうど会場を離れて一人で移動していた時に、そう声をかけられた。彼女の他には、後ろにメイドが二人立っている。
一体どんな話をするのだろうか。でも、睨んではこないが顎を前に出して見下すような目を向けてくる。いずれは大きく衝突する可能性もあると考えていたけれど、それが今なのか、違うのか。それはなってみなくては分からない。
お茶会はまだ始まらない。なら、少しだけなら大丈夫だろう。そう思い承諾した。
こっちに来てちょうだい。そう言われ付いていった。
この方向は、来賓専用の部屋のある建物に続く道だろうか。私は行ったことがないからよく分らない。話す場所を私が用意した方が良かっただろうか。
そう思いつつも、辿り着いた部屋の前。メイドがドアを開け、どうぞと私に。本来ならここでは身分の高い王女が先に入るはずなのに。何かあると警戒しつつも、仕方なく入った。
けど、気が付いた。後ろから足音がしない。そして、ドアの音がする。
すぐに振り向くと、もうドアが閉まる直前だった。
「っ!?」
私はとっさに足を滑らせ、ドアの隙間に差し込み閉まるのを防いだ。
「えっ!?」
ドアの両端を掴み、力業で強引にドアを開いた。力ずくで閉めようとしていたメイドは力が足りなく、私はドアを大きく開かせた。
一体どういうつもりだ。私を閉じ込めるなんて。
けれど……
「キャァァァァァァァァァァァッ!!」
だいぶ大げさな悲鳴。その声の主は、わざと尻もちをついたチョランの王女だ。そのタイミングで、二人のメイドは王女を助けるかのようにして彼女の左右にしゃがみこみ私を睨んできた。そして、私に何かを投げつける。これは……鍵?
これじゃあ、まるで……
「何かございましたかっ!!」
「王女殿下っ!!」
先ほどの悲鳴を聞き集まってきたのだろう。見たところ、制服からしてチョランの護衛の騎士達や、他の国の使用人、そして、シャレニア王国側の護衛騎士達だ。
この図を見て、一体何を思っただろう。
そしてチョランの王女は、私を指さしてこう言い放った。
「泥棒っっ!!」
なるほど、と理解した。
先ほど、ここに来るまで人に会わなかった。どうしてこんな道を? と思ったが、そういう事だったのか。
もしかすると、この部屋はチョランの王女に用意された部屋なのだろう。
「部屋に戻ったら、この女が……」
身震いをさせつつ、目には涙を浮かばせるチョランの王女を見て、呆れてものも言えなかった。
それより、大公妃殿下がこんなところで騒ぎを起こしたと周りの使節団の方々に広まってしまわないようにどうしたらいいのか考えるのが先だ。ここにいるのは、チョラン人の6名と、シャレニアの騎士団が4名、あとは使節団が連れてきていた使用人達が2名。
さて、困ったぞ。
「何かございましたか」
その声で、周りはその声が聞こえてきた方向に視線を向けた。
私が何度も聞いたことのある、声。
その声の主は……
「オリバー!! この女が!!」
王女は旦那様を呼び手を伸ばした。けれど、旦那様は無視をし周りに何があったのかと聞き出していた。その旦那様の態度に、顔を真っ赤にする王女。そしてキッと私を睨みつけてくる。
チョランの王女のメイドが、説明をした。王女がメイド達と部屋に戻ろうと部屋のドアを開けると、私がいたそうだ。呼んでもいないのに。彼女は私の事を何度も泥棒だと言い放ち、周りの人達はざわざわと不審な目で私を見てくる。
つい、私は視線を下に落としてしまった。違うと分かっていても、鋭い視線が痛い。
けど、しっかりしろ。私は無実だ。何もしていない。それに、私は何も盗っていないのだから。
旦那様の顔は、見るには少し怖かったけれど何とか視線をそちらに向けると……私を見ていなかった。ずっと、チョランの王女を見ていた。鋭い視線で。それだけで、心が軽くなった。
そのおかげだろうか。
「違います。私は王女達と一緒にここに来ました。私を招き入れたのは彼女達です」
「何よっ!! 私がわざとしたとでも言ってるのっ? あり得ないじゃないっ!! その鍵で入ったんでしょっ!!」
自分は何もしていない。被害者だ。その意見を自分の口で言う事は、とても大切な、重要な事だ。しっかりしろ、私。
けれど、これじゃあ埒があかない。どうしたものか。
しょうがない、と鍵を拾った。
「これ、確かお客様用の鍵ではありませんか」
「えっ」
「確か、来賓用の部屋はどれも鍵が3つあるはずです。お客様に渡すものと、メイド長が持ち歩くものと、あと保管されているスペアの三つだったでしょうか。同じ部屋であっても、三つともデザインが違うはずです」
あとから来ていたらしいメイド長は、頷いていた。
「すっ掏ったんでしょっ!!」
「なら、なくなったのであればまずは部屋に行かずメイド長に聞くのが普通ではないのでしょうか」
「っ……部屋に置いてきてしまったのかと確認しに……」
「メイドが二人もいるのに?」
「~~~~っ」
苦虫を嚙み潰したような顔で私を睨みつけるチョランの王女。そりゃ、言い返せないだろう。だって本当の事なんだから。
周りががやがやと混乱していた中、旦那様が何かを言いだそうとしていた時、意外な人物が手を上げたのだ。その人物は……
『私、見ました!』
小さな王女、メリウスの王女だ。万国共通語が苦手な王女が、手を上げてくれた。
見ました、という事は私とチョランの王女が一緒にここに来た事を言っているのだろうか。でも、ここの人達の中にはメリウス王国の言葉が理解出来ない人が多い。チョランの王女達もそのうちの一人だ。
それからすぐに、『姫様ー!!』と遠くからメリウス語で彼女を呼ぶ女性が一人。きっと彼女を探していたのだろう。この騒ぎに血相を変えていて、何があったのかと近くの人に聞いている。
「メリウス王女殿下、申し訳ありませんが、お話していただけませんか」
そう言う旦那様の声に、王女は頭を大きく頷いた。
「なっどうしてその子供に聞くのよっ! 万国共通語が出来ないのにっ! この状況さえ分かってないじゃないっ!」
「いえ、姫様は聞き取りは可能です」
そう、彼女は聞き取りは出来る。さっき旦那様が万国共通語で話しかけ頷いたのがその証拠だ。
「では、通訳させていただきます。《私は、大公妃殿下と王女殿下、メイド二人が一緒にここに歩いていくのを見ました》だそうです」
そう言って、メイドが通訳をしてくれた。
その通訳が気に入らなかったのか、王女殿下はわめき始める。
「嘘よっ!! 貴方ちゃんと通訳しなさいよっ!! それとも、この女の肩を持つつもりなの?」
「いえ、そのような事は……」
「ただのメイドのくせにっ!!」
「ストップ」
わめき散らすチョランの王女を止めた旦那様。まだこの状況をよく分っていないメイドが通訳しているのだから、それは無意味だ。その事を、周りの者達も理解しているし、メリウス語が分かる私が聞いても、この通訳はちゃんと合っていると分かる。
そうして、シャレニア王国側の騎士に連れていかれたチョランの王女達。メリウスの王女も別の騎士に「こちらへどうぞ」と連れられて行った。
「スイランはこっちにおいで」
「……いいんですか、身内が事情聴取して」
「もう分かってるからだいじょーぶ」
と言いつついきなり私を抱き上げた。
「スイラン、足、どうしたの」
「え?」
旦那様は、ドアが閉められそうになっていたところを私が足を入れて防いだところを見ていない。となると、ちょっと、いや、だいぶ痛かったことを見破られていたそうだ。ちゃんと歩いてもいないのに、よく分かったな。
「来るの、遅れちゃってごめんね」
「え? いえ、大丈夫ですよ。最初から疑っていなかったじゃないですか」
「ははっ、当たり前でしょ?」
さも当然のように言ってくるけれど、いいのだろうか。
そして、近くにいた使用人に救急箱を持ってくるよう指示をし歩き出した旦那様は、休憩室として設けられている部屋の一つに入った。
誰もいない部屋に設置されているソファーにそのまま座ると膝に乗せられてしまったけれど……
「はぁ……スイランだ……」
ぎゅ~~~っと抱きしめてきた。
「浄化されてく……」
浄化? 浄化されてるの? 私で浄化出来るのかってところが疑問ではあるけれど、一体どんな悪いものがくっついてたんですか。
「スイランが足りなくて俺もう無理……やめていい?」
「何てこと言ってるんですか。あなた以外いないんですからしっかりしてください」
「スイランにそう言われると頑張らなきゃじゃん……じゃあ終わったらご褒美ちょうだいね。可愛いご褒美期待してるから」
と、キスをしてきた。気を遣ったのか、ここが王城だからと思ったのか軽いキスで済ませてくれた。でも物足りなさそうだ。これは、覚悟を決めないといけないやつだ。ご褒美だなんて、この人が満足するご褒美なんて一体なんだ。きっととんでもないもののはずだろ。
と、いうところでコンコンと部屋のドアがノックされた。早く膝から降りなきゃ、と思ったのに腰をがっちりホールドされ動けず、そのまま旦那様は返事をしてしまった。
「きゃっ」
入ってきた辺りで、固まっていた。
しっ失礼しました! と急いで救急箱をローテーブルに乗せ帰って行ったけれど。
……非常に、恥ずかしい。顔から湯気が出そうだ。何てことしてくれてんだ。噂になったらどうするんだ。全部旦那様のせいにするぞ。
「見られちゃったね」
「何嬉しそうにしてるんですか。旦那様のせいでしょ」
「ん~? はは、じゃあ足の手当てしよっか」
はぁ、あのメイドさんには申し訳ないことしたな……恥ずかしい。
その後、チョランの王女の自作自演だったことが判明。けれど、本人は全く認めず否認してばかりらしい。彼女は他国の王女でもあるためこちらで罰することは出来ないので、チョラン王国の方に訴える形となった。彼女本人には、自主的な自粛をするよう伝えられたのだ。
その後のお茶会は間に合わなかった私の代わりに、タリス夫人とトメラス夫人が仕切ってくれたそうだ。ありがとうございます。
「ダルナード夫人!」
私にそう話しかけたのは、メリウスの王女と一緒にいるメイドだ。王女と一緒に、私に駆け寄ってきた。
『先ほどはありがとうございました。おかげで早く収束しました』
『いえ、お役に立ててよかったです。実は、夫人を探していたのです』
『私を?』
『勧めていただいた噴水ショー、とっても素敵でした! 夫人が経営なさっているクッキー屋さんにも行きました。とっても美味しかったです! お礼を言わせてください、ありがとうございました』
あら、お礼を言ってくださるとは。そんな事で探してくださるとは思わず、つい驚いた顔を出してしまった。
でも、喜んでくださったようで安心した。
『また、何か機会があったら来ますね』
『はい、お待ちしています。今度は私もご一緒してもよろしいですか?』
『はいっ! もちろんですっ!』
『ありがとうございます。楽しみにしていますね』
少しの事で、こんなにも喜んでいただけて、助けになってくれるだなんて。王女には感謝だ。今度また来てくださる日がとても楽しみね。




