◇36
今日行われるシャレニア王国王妃殿下主催のパーティーでは、私は夫である旦那様とは入場しない。彼は陛下の守護としてずっと近くに付き従っているのだ。まぁ、騎士団長が代わる事もあるが。だから今回は私の弟達との入場である。
双子は暁明王国伝統の漢服なのに対し、私はシャレニア人なのでいつものドレスである。なんとも不思議な感覚だ。
今日は赤に金色の装飾が入ったドレス。旦那様が選んだドレスではあるが……このドレスの色合いが被る人が一人。そう、旦那様を愛してやまないであろうチョランの王女だ。ほーら、やっぱり。
「あら、姉弟仲が良いのね。ならこのまま仲良く母国に帰ってはどう?」
うわぁ、第一声がそれですか。
「そんな事をしたら旦那様に泣かれてしまいます」
「あら、嬉し涙?」
「逆ですよ」
「へぇ、貴方オリバーの事何も分かってないのね。まぁ、来たばかりだから仕方ないでしょうけれど」
あぁ、自分の方が旦那様の事をよく知ってるっていうマウントね。なるほどなるほど。はぁ、しょうがないな。
「でも、旦那様に言われたのですよ。旦那様がど~してもとお願いしてきたので母国の普段着を着て見せた時、絶対に母国に帰らないで、と。あの人ったらおかしいですよね? ドレスだって旦那様が全部選んでは最初に自分が見たいと毎回毎回言ってくるのですよ? このドレスだって、旦那様がず~っと悩んでチョイスしてくれたのですが、今回はお仕事で一番最初に見ることが出来なくてしょんぼりしていたらしいんですって。可愛いですよね?」
と、のろけ話を早口言葉で出してみた。旦那様、ごめんなさい。色々と暴露させていただきます。
「うっ嘘言わないでっ! そんな事言うわけないじゃないっ! 下手な嘘をつくのはやめてちょうだいっ!」
「では本人に聞きましょうか? ちょうどあそこにいらっしゃいますし」
睨みつけてくるけれど、私は笑顔で返した。そんなものちっとも怖くも何ともないわ。というか、気が付いたら双子が私の両隣にいないのだが。逃げたなあいつら。
「っ引きこもりの弱小国のくせにっ! 引きこもりは引きこもりらしく黙って静かに島の中でのんきに生活でもしてなさいよっ!!」
「う~ん、引きこもり、という点に関しては言い方は悪いですが否定は出来ませんね。ですが、弱小国ですか」
「何よ、間違った事は言ってないじゃない」
「確かに、小さな島で人口も少ないですが……国の大きさはそちらのチョラン王国と変わりありませんよ。こちらには海域というものがございますから」
「そんなもの、あってもなくても一緒じゃない。せいぜいあの生臭い魚が獲れるくらいでしょ」
生臭い魚って……貴方今日魚料理食べたじゃないですか。メニューにありましたよね。いいんですか、こんな所で言っちゃって。
「あらあら、ご存知ないのですか。一国の王女ですのに」
「はぁ?」
「では、そのネックレスはどこでご購入なされたのですか?」
それは、殿下が首に下げている赤い宝石の付いたネックレス。あれはルビーかな? だいぶ大粒だから、きっと高かったことだろう。
「はっ、あなたは聞いたこともないでしょうけれど、この大陸を回る大商会『ノフィリヤ商会』で購入したのよ」
「あら、では『海の宝石』もご存知ではないのですか?」
「……」
「海の宝石と呼ばれる、『真珠』を。お聞きしたでしょう? 商会長であるヨセフ・シャルミエント殿に」
「……何故、あなたが彼の方の名前を知ってるのよ」
彼女は、睨みつけるも驚きを隠せていないようだ。そりゃ、弱小国と決めつけひっそりと暮らす国だと思い込んでいるのだからそうなるわね。
「それはもちろん、我が国は貿易を盛んに行なっている国だからです。彼とも面識はございますし、我が国が生産している真珠も取引きさせていただいております」
「……」
「その商会長に勧められたのではないですか? その真珠を」
「っ……そんなわけないじゃない! 真珠だなんてただの石ころでしょ!! そもそも、あんたみたいな国にそんな価値のあるものなんてあるはずないわ!!」
いや、何嘘言ってるのよ。あの商会長は興奮しきった顔で売り込んで売り込んでこの大陸中に真珠を広めて差し上げますよと言ってきたんだから。しかも、売上だって報告してくれてるし。だいぶ皆様お気に召したようだし。
あの商会長だって、真珠を見せたのがあなたが初めてだと言えばもう興奮しきった様子で何でもかんでも聞いてきたし、こちらが提示した金額の倍以上を提案してきた。この真珠の価値はそんなものではない!! と。
けれど、今殿下、「石ころ」って言った? 石ころ……真珠って石なんだっけ? まぁ、宝石ではあるけれど……石って説明された? もしかして、ちゃんと説明聞いてない?
「……では、ここにいらっしゃる皆様をご覧ください。私と同じ真珠を身につけている方々は何人いらっしゃるか」
「っ……」
「真珠は海から採れる宝石です。ですが殿下はその海を侮辱なされた。そして、先程までの言葉の数々は、このシャレニア王国も侮辱する事になりますよ」
それは、私の故郷を馬鹿にした言葉のこと。けれど私は、今はこの国の大公妃。大公妃の母国を馬鹿にするのは、私自身を馬鹿にすることであり、大公である旦那様、そしてこの国を馬鹿にするのと同じこと。
言葉を慎みなさい、と言っている事を彼女は果たして理解しただろうか。
「それは聞き捨てなりませんね~」
「これは早くお父上に伝えなければなりませんね、姉様」
今度は、逃げていた弟達が戻ってきてニコニコとそう言ってきた。
こいつら、この顔をする時が一番面倒臭いのよね。
「あら、いいのかしら。陛下にお伝えしても。陛下は怖いですよ~?」
「何よ、訴えるつもり? そっちの小さな国なんて、痛くもかゆくもないわよ。喧嘩にもならないわ」
あら~、そんな事言ってもいいのかしら~。
と、思っていた時にとある人物が入って来た。その人物は、シャレニア王国の王妃殿下だ。
「まぁまぁ、その辺にしてちょうだい。せっかくのめでたい日だというのに」
まぁ、確かに今回は陛下のお誕生日を祝う催しだ。こんな事、よそでやってくれと思うだろうな。でも私としては、こんな事を言われたのだから引き下がるわけにはいかないわけで。だから、王妃殿下が入ってきてくれてとてもありがたい。
「チョランのお嬢さん、悪い事は言わないわ、あの国と喧嘩なんておよしなさい。どうせそちらが負けるのは目に見えてるわ」
「なっ!?」
「喧嘩してあちらの国の味方に付く国が一体いくつあるか、よく考えた方がいいわ」
私の言葉が信じられないとしても、この国の王妃である彼女の言葉は信じざるを得ない事だろう。彼女はただの他国の王女。そして相手はこの国の王妃。先ほどまでの態度なんて取れるわけがない。
「少なくとも、我が国は暁明王国と良い関係をずっと続けたいと思っているわ。そのおかげで、この国もより豊かになっていくし、他国との良い関係も築けているもの。ダルナード夫人が嫁いでくれたおかげで、今回の誕生祭で初めていらしてくれたお国の方もいるのがその証拠よ」
だからここは引いたほうがいいわよ。ね? そう言って王女の肩にポンと手を置いた王妃殿下。これでよ~く分かった事だろう。
キッと私を睨みつけてきたが、引き下がってくれたので良しとしよう。王妃殿下は私に向かってウィンクを一つ。本当に助かりました。後でお礼を言いに行かなきゃ。




