◇32-4
ミルシス王国の二人がお帰りになって数日後、朝の新聞に大々的に恐ろしい事件が載ってしまった。
「……は?」
《ミルシス王国ノックスアート伯爵密売事件 無事解決》
……と、見開きに載っていた。ノックスアート伯爵なんて聞いたことがない。でもミルシス王国は位置的にシャレニア王国と隣同士ではない。それなのに、どうしてシャレニア王国の新聞に……あっ。
「どうしたの、スイラン?」
そして、私に話しかけてきた旦那様を、ジト目で睨みつけた。
「……どうして私に言ってくれなかったんですか」
「ん~?」
そう言いつつ後ろから抱きしめてくる。はぐらかしてるつもりだろうが、私は流されないぞ。
あの裏オークション後の、ミルシス王国のテモワス王子と旦那様の会話。あれを思い出せばこの事件の真相が何となく分かる。ミルシス王国の現状も見えてきそうではある。
「だってスイラン、その日の夜は話を聞く余裕なかったでしょ」
「……旦那様のせいでしょっ!!」
夫婦の時間と言って早速ベッドに連れてったのはどこのどいつだ!! それに、次の日教えてくれればよかったのに。タイミングはいくつもあったはずだったのに、これは絶対にわざとだ。
「ごめんね、スイラン」
「……で?」
「はいはい、真相ね」
全然謝っている様子が全くない旦那様は、よいしょ、と新聞を持つ私を抱き上げてソファーに座り、私を膝に乗せた。だいぶご満悦のようではあるけれど、そうじゃない。早く教えて。
「俺が購入したあの壺。スイランが見抜いた通り、壺自体には何の価値もない安物だ。でも、中身には相当の価値があった。と言っても、人それぞれではあるけれど」
「お香、ですか」
「そう」
それは新聞で書いてあった。壺を使ってお香を密売していた。
ミルシス王国では、お香を輸入する際の関税が他よりもだいぶ高い上、お香自体の値段も高い。それに、お香に関しては規制なども厳しいらしく、売ってはいけないものもある。密売されていたのは、人体に影響の出るお香であるため、壺の中に隠し偽って密売していたという事だ。
「その販売方法に使われたのが、あの裏オークション。客達にはあの壺の中にお香が入っていることを事前に知らされていて、オークション式で販売していたんだ。それなら、密売する場所などを用意する手間も省けるし、お香を売った金もオークションで壺を売って手元に入った金だと言い訳が作れるため伯爵家の帳簿を直接偽装した事にはならない」
あの日、私に向かって走ってきた男はその伯爵家の者でオークションの内通者だったそうだ。持っていたものはその商品であったお香であり、違う箱に入れて持ち去ろうとしていた。裏はミシェル達に固められていたから表から出て馬車で逃げようとしたらしい。
待機されていた馬車は、今回は仮面舞踏会であるためどの馬車にも家門は描かれていない。だから御者にお金を握らせて逃げる算段だったそうだ。
「でも、どうしてあの日旦那様があれを購入したのですか? テモワス王子への助力にしても、王族なのですからお金は持っていたはずですし、変に目立つと言っても騎士団員を連れてきていたようですし」
あの国は、我がシャレニア王国に並ぶほどの軍事力を有しているはず。それなのに、シャレニア王国の旦那様の力をお借りしなければならない、というのは……一体どういうことなのだろう。こちらでは、騎士団を動かす事もなかったわけだし。
それに、この裏オークションは会場がシャレニア王国であったというだけで、国同士の問題とは言ってもそこまで大きな問題というわけではない。
「今、ミルシス王国には双子の王子がいるでしょ」
「はい、第一王子と第二王子ですよね」
「そう」
お二人は以前一緒に暁明に使節団として来ていたため、私とは認識がある。それに、テモワス第二王子とは数日前にお会いしていたし。
……待てよ、二人の王子……そういえば、王太子はまだ決まってないんだっけ……
「……そういえば、今回の壺の料金は国の方に請求したんですよね」
「そっ」
「じゃあ、まさか……」
「スイランは賢いね。今、ミルシス王国では王太子という座を巡ってぎくしゃくしている様子なんだ。本人たちは、第一王子を王太子にと話がまとまっているわけなんだけど、それを許さんとする貴族は当然いるはずだ」
「……第二王子は今回の事件で、このシャレニア王国に貸しを作ってしまった」
「そう。そんな事をしてしまった王子が、王太子の座に座れるわけがない。けれど、それと同時に人脈を作った。今まで交流のなかった国であり、今友好関係を築いている暁明王国の元王女が嫁いだ国とね。そして、騎士団総括である俺との面識もある。そんな第二王子に喧嘩を売るような奴はいるだろうか?」
「なるほど……上手く使いましたね」
こちらの得を考えると……ミルシス王国との繋がり、そして貸しと言ったところか。国政にとってはそれはありがたい事だ。
「まっ、上手く使ったのは俺達だけではないけどね」
「えっ?」
他にも誰かいるの?
「仮面舞踏会の主催者であるウォークス卿だ。あんなに徹底していたのに、どうして裏オークションでの悪事を防げなかったのかって思わない?」
「……確かに」
そうよね。いろんな国を回って行われる仮面舞踏会と裏オークション。彼の素性は分からないけれど、あんな大規模に開けるほどの管理が出来ているはずだ。なら、裏オークションの件も防げたはず。
「今回、ウォークス卿は内通者を見つけミルシス王国に引き渡すことが出来た。そしてもう一つ、スイランと会う事が出来た。昨日、手紙来たよね?」
「……もしかして、暁明王国?」
「貸しが出来た、というのはすなわち繋がりが出来たという事にもなるんだ。つまりそういう事だよね?」
「じゃあ、スラディ大公が依頼した事も……ウォークス卿は知っていた? あのオークションに出されたガラス細工の事も?」
「さぁ?」
いやこれ絶対知ってたでしょ。とりあえずあのシルクハットジジイを問い詰めるか。今度は、シャレニア王国誕生祭で会う事になるから、その時ね。
「……やられた、という事でいいのですかね?」
「でもミルシス王国とウォークス卿に貸しを作ることが出来たでしょ? 損はなかったはずだよ」
「……なるほど」
まさか、こんな事になるとは思わなかった。
ただ、あのガラス細工を何とかしなくちゃと思っていたから。
「スイランの周りをうろつく変な虫も認識出来て俺も満足だしね」
「ミシェルはそんなんじゃありませんよ。そもそも女の子です」
「でも俺は一時でもスイランを取られたくないんだよ。だって、この後誕生祭でしょ。そうなるとスイランに会える時間が減っちゃうし、今回はシャレニアと交流のなかった国の使節団が集まるんだ。気が気じゃないんだから」
まぁ……確かに旦那様は警備を厳重にしないといけないし陛下方のそばを離れられないから時間が減る事だろう。それに、今回は私と面識のある使節団の方々が参加させてくれと私のところに来たから余計警備は力を入れないといけないわけで。
「……頑張ってくださいね、騎士様」
「……俺やっぱりスイランの護衛やりたい」
……なんて事言い出すんだ、このわんこは。
「ダメですよ、皆さんに私の旦那様のカッコいい姿見せるんですから」
「これだから……はぁ、スイラン強すぎ」
「え?」
不機嫌顔で頬を膨らませてくる旦那様に、つい笑いそうになってしまった。強いのは私じゃなくて騎士の旦那様の方ですよ。




