◇32-1
私の旦那様は、十分過ぎるほどのイケメンだ。
それは、髪色が変わっても、いつも着ているものとは違った服を身につけていても変わる事はない。
以前、私が変装したあのナイトクラブの日、迎えに来てくれた旦那様も変装していたけれど……
「……オーラ、って言うんですかね。これじゃバレません?」
「そう? 十分だと思うんだけど。ダルナード大公には見えないでしょ?」
鮮やかな赤い髪を今度は茶髪に変え、いつも着ないような派手な服を身にまとってもなお、にじみ出る大公という気品は消えないらしい。恐るべし。
まぁでも、飾りと宝石が沢山ついた仮面を付けているからギリギリと言ったところか。
これから仮面舞踏会に赴くわけで、身分を隠さなければならない。仮面舞踏会は、身分を隠し人目を気にせず楽しくダンスを楽しむための場なのだからバレては意味がないのだ。
「スイランだって、姫さまオーラ出てるよ」
「自分では出してないつもりなんですけど……」
「王族の血は存在感さえも覆せないほど強いわけだ」
とはいえ、仮面舞踏会の参加者は他国から来ている人もいる。偉人だったり、地位の高い人だったり。だから紛れられることだろう。そう願うしかない。
私の髪をオレンジ色のウィッグで隠すことに不満を持っているそこの人の腕を引っ張り、私達は馬車に乗り込んだ。いつもとは違う、大公家の家紋が描かれていない馬車に乗って。
「仮面舞踏会なんて初めてです。噂には聞いていたんですけど……」
「俺は何度か行ったことがあるよ。とは言っても、仕事でだったけど。でも『ウォークス卿』主催の仮面舞踏会は初めてだ」
ウォークス卿が今回の仮面舞踏会の主催者ではあっても、私達はもちろん周りもその人物の素性がよく分らないのだ。
砂漠にオアシスを作った教祖という噂もあれば、たった一日で莫大な富を築き上げた大富豪という噂もある。どこの出身で、今どこにいるのかすら不明である。だけど、定期的に色々な国でこのように仮面舞踏会を開いているのだ。そして、裏オークションも一緒に行われる。
まぁ、その人物がどうやって開催させているのかも定かではないが。どうやって入国して、許可を得ているのかも。仮面舞踏会の会場の場所だって、借り物らしいし。
私だって、この情報は母国で使節団の方から小耳にはさんだのと、今回の大公から渡された手紙に書いてあったものだけだし。
「着いたみたいだよ」
「……結構いますね」
「中にはもっといると思うよ」
馬車の窓から、会場となる建物が見えた。門の前には馬車が何台も停まっている。馬車から降りる方々は一人だったり、二人だったり。一人での参加が多いようだ。
私達も、周りと同じように仮面を付けてから馬車から降りた。馬車は門までらしく、門をくぐりその奥に広がる素敵な庭、そしてその先にある豪邸に足を運んだ。まっすぐに伸びる道の端には黄色く光る明かりがいくつも設置されているため、夜で薄暗く仮面をつけていても難なく歩けた。
それに、旦那様に手を添えて歩いているから周りを見渡しつつも一緒に歩いた。
豪邸の扉の前にいる仮面をつけた使用人らしき人に招待状を見せる。どうぞ、と中に促された。
豪邸の中を見渡すと、とても豪華な部屋が広がっていた。大きなシャンデリア、レッドカーペット、カーテン、置き物に至るまでお金のかかっているものばかりだ。なんというか、派手なトメラス公爵邸とはまた違った感じがする。
案内された使用人についていくと、大きな扉に辿り着いた。さぁどうぞ、と扉が開き中に足を踏み入れる。会場内には結構人がいて、皆仮面を身に付けている。素敵で陽気な音楽が流れていて、楽しくダンスを踊っている人や、お酒を楽しんでいる人もいる。
「結構いるな。迷子にならないよう離れないで」
「はい」
まぁ、離れる理由はどこにもないけれど。私としても色々と厄介事には巻き込まれたくないので絶対に離れないが。
でも、やっぱり仮面を付けているから誰が誰だか分からない。私達のようにウィッグを付けたりしているだろうから難しいのは分かってるけど。
「この際だから……踊る?」
「へ……?」
「オークションまで時間があるし、それにちゃんと練習してるでしょ。なら実践は必要だと思うけど」
今まで嫁いでからダンスを人前で踊った事はない。まぁ、今後踊る事はあるだろうけれど……今?
まぁでも、今は大公妃殿下だとは思われていないわけだから変なダンスになったとしても大公妃殿下はダンスが下手くそだとは社交界には広まらない。なら、ここで練習した方がいいと思う。
と、思っていたら旦那様は目の前に立ち手を私の前に差し出して……
「私と一緒に踊っていただけますか、素敵なお嬢さん?」
「……お嬢さんではないんですけど」
「今は違うでしょ?」
「まぁ、そうですけど……」
旦那様の背景にバラが咲き誇っている。この微笑みは仮面なんかじゃ隠せないくらい破壊力があるらしい。私、今日仮面していてよかった。真っ赤な顔を面前にさらすところだった。
とりあえず心の中で深呼吸し平然を装い、手を取った。よし、頑張ろう。と、思っていたら握っていた手を引っ張られ抱きとめられた。
「外で初めて踊るダンスなんだから、楽しく踊ろうか」
「公衆の面前なんですから、節度は守ってくださいね」
「分かってるよ。心配性だなぁ」
言っておかないと何しでかすか分からないからでしょ。
なんて思いつつも、二人でダンスホールの真ん中の方に歩き出した。ちょうど一曲終わった頃で、ダンスパートナー同士が頭を下げていた。その場から下がっていく人や、私達のようにこれからダンスを踊ろうとしている人達もいる。
一応私は高めのヒールを履いているけれど、やっぱり旦那様は背が高いから見上げるようだ。彼の肩には手が届くからまだいいけれど。
「欲を言えば、いつもの姿の君と踊りたいところだけど……仕方ないな」
「……」
ここは仮面舞踏会だから名前を呼ぶのはご法度。だから旦那様から《君》って呼ばれるのだけれど……やっぱり少し寂しい気持ちになる。私も《旦那様》と呼んではいけないからだいぶ気を付けているけれど……やっぱり呼びたくなってしまう。
それはきっと……独占欲、からくるものなのかもしれない。
周りを見ると、ダンス姿のカッコいい旦那様に注目している女性ばかり。もしかしたら、この一曲を終われば次に踊ろうと思っている女性もいるはず。だから、この人は私の旦那様ですよと言いたくなりそうだ。
「どうしたの?」
「いえ、何でも……」
「ん?」
その時だった。私達と一緒に踊っている他の組の中で、とある男性と目が合った。
あの頬の真ん中にある、少し大きめなほくろ。そして、目の色が青。どこかで見た事があるような、ないよう、な……あっ。
気が付くと、曲が終わっていた。旦那様は私の表情を察したのかそろそろ行こうと言って一緒に中央から端に避けた。
「で?」
「……知人のような人を、見つけまして……」
「知人?」
「……いや、多分勘違いかと……」
いや、違うだろう。きっと勘違いだ。そう自分に言い聞かせていたその時だった。
「あ、やっぱりそうか」
聞いたことのある声が、後ろから聞こえてくる。……振り向きたくないけれど、相手は……はぁ。内心ため息を吐きつつ、くるっと後ろに振り向いた。
……はぁ、やっぱりそうだ。
「よっ、久しぶりだな」
「……お会い出来て光栄ですわ」
「おい、そんなキャラじゃねぇだろ」
「今は仮面を付けておりますので」
というか、変装していたのによく分かったな。まぁ、瞳の色は変えていないから確認は出来たか。
赤い髪をしているから、きっとそれはかつらだ。その中には、ミルシス王国の王族の証である青い髪が隠されているはずだ。そして、彼は私と同い年。
「で? お前はデートか?」
「デート先に仮面舞踏会を選ぶなんてないでしょ。シルクハットおじさまに貰ったの」
「あぁ……」
それだけで、彼は私がスラディ大公からお願いをされたと分かった事だろう。でも、どうして彼がここにいるのだろうか。シャレニア王国からだと、国を一つ跨がないといけないわよね。
「あの『おチビちゃん』は?」
「あぁ、来てるよ。けど裏」
「……あっそ。じゃあね」
「おう」
まじか、おチビちゃん来てるのか。でも裏なら別に会うこともないだろうし……さっさと用件を済ませて帰ろう。
彼はちらり、と私の隣にいる旦那様に視線を向けては笑顔を見せ、そのまま去っていった。
恐らく、この方が誰なのか分かっただろうな。まぁ、私と一緒にいるという時点で予測は出来たか。
「君のお友達?」
「友達、と言っていいのか分かりませんが……知り合いです」
「ふぅん」
はぁ、また面倒ごとになりそうな予感だ。しかも、『おチビちゃん』が来てると言っていた。となると……やっぱり面倒事か。はぁ、どうして今回なのよ。




