◇31
ダルナード大公邸での晩餐会から数日後、来訪者が大公邸にいらした。晩餐会でご招待した方の内の一人だ。そして、お手紙を送った方でもある。
「本日は、お手紙の件についてお伺いに来ました」
「お待ちしていましたよ。どうぞ座ってください」
お待ちしていましたよ。その言葉で私が絶対に来ると予測していた事が伝わった事だろう。あの晩餐会にスラディ大公をお呼びした理由がこのためだったと。とはいえ、大公の方も理由があったようだけれど。まぁお互い様と言っておこう。
「私が事業経営をしている紅茶事業で取引がしたいと書いてありましたが、その内容をお聞きしてもよろしいですか」
「では、まず一つ。私の経営するお店にそちらの紅茶を仕入れさせていただきたいのです」
彼の顔を見るに、それは予測していたようだ。
「……それは数日前の晩餐会でおっしゃっていたお店の事でしょうか」
「はい、そうです」
リーファに出してもらった、クッキー。それは全て、そちらの方で仕入れた紅茶で作った『紅茶クッキー』だ。
そう説明し、半信半疑で口にした侯爵。でも、お口に合ったようだ。
「素晴らしい……サクサクしていて、味もいい。これは、茶葉を直接入れているのですか」
「はい、細かくしたものを入れています」
「なるほど……食べやすくていいと思います。ぜひ契約をさせていただきたいところですが……僭越ながら、それでは同じではないでしょうか」
「紅茶の飲みすぎは体に毒だと言ったのに、直接茶葉を入れた紅茶入りのクッキーを食べるのは以前と一緒だと?」
確かに、それはそうだ。これではカフェインを過剰に摂る事になる。
でも、それならこの国では紅茶は誰が飲んでいる? 紅茶は、貴族の嗜みと言われている。となると……
「ご安心ください。この紅茶のクッキーを売る相手はこの国の貴族ではありませんから」
「えっ」
「相手は、『平民』です」
まさかそんな答えが出るとは思わなかったのだろう。だって、平民は紅茶には全く触れないのだから。
「貴族の需要が少なくなったのであれば、飲んだことのない平民達に振る舞えばいい、という事ですよ。せっかく我が国での生産量が他国よりも多いのに、平民達は飲めないなんて差別だと私は思いますよ」
「……紅茶を飲むにはティーカップとティーポットを用意しないといけない。でも、お菓子ならそのまま食べられるから手軽に買える。そういうことでしょうか」
「はい、そういう事です」
「確かに、我が国の生活標準は高めであるためお菓子を買う余裕もある事でしょう。ですが、それだけでは需要と供給のバランスが取れるでしょうか」
「そうですね。ですが、この前いらしたテリサ王国のスラディ大公の大好物は何でしょうか」
それは、あの晩餐会での様子を見た者達は簡単に分かった事だろう。
「……なるほど」
「奥様も、確かあの国の王妃様にも大層気に入っていただけていますので、その心配はいりません。その代わり、やっていただきたいことがあるのです」
「やっていただきたいこと、ですか」
「紅茶を手軽に飲める、『ティーパック』を作っていただきたいのです」
そう、地球では馴染みのあるあのティーパックだ。一つ一つ一回ごとの分量に分けてあり、スプーンで茶葉をポットに入れなくてもいいし網も用意しなくてもいい。どっぷり茶葉を入れる心配もない。なら必要だろう。
ティーパックの袋の方は見つけてあるから、ただ彼がうんと頭を縦に振ればいいだけだ。激減した需要を元通りに、いや、それ以上にしてくれて、テリサ王国とも交流が出来る。そんな機会を作った私のお願いなのだから……
「分かり、ました」
「安心しました。よろしくお願いしますね」
そうして、さっそく契約を結んだのだ。スラディ大公にはすぐお手紙を出さなくてはいけないな。
これで、順調に進めば新商品も店頭に並べての初オープンになるはずだ。気を抜かずに慎重に進めよう。
……とはいえ、私にはもう一つやらなければならない事がある。
「あらぁ、これは仮面舞踏会の招待状じゃない……」
「あと、これは裏オークションかな」
スラディ大公が帰り際に渡してきた手紙の封筒。その中に入っていた手紙には、とあるお方の直筆で書かれており、他に二枚入っている。一枚は、仮面舞踏会の招待状であろうカードと……これは裏オークションの会員カードだろうか? 暗い紫の背景に大きな白の三日月が真ん中に描かれている。
こんなものをスラディ大公が私に渡してくるだなんて。あぁ、なるほど。そう理解してしまった。
「またもや変装する事になった、という事でしょうね……」
「だろうね、仮面舞踏会なんだから」
「はぁ……私もスラディ大公を利用したから、これでお互い様という事でしょうね」
「となると、テリサ王国はシャレニア王国と縁を結びたいわけだ」
と、いう事らしい。でも今回スラディ大公のおかげでだいぶ助かった事だし……
なら、ご期待に沿えるよう尽力いたしましょうか。




