◇24-3
バレーヌ子爵のゴマすりを右から左に流していると、また声をかけられた。女性の方だ。
「こちらにいらっしゃいましたか、ダルナード閣下、ご夫人」
オレンジの髪にこのちょっと大人可愛い系の女性はミーア・トメラス夫人。公爵家のうちの一つであるトメラス公爵家の夫人だ。
「ご歓談中に失礼致します。ご機嫌麗しゅう。ボート場以来ですね。またお会い出来て光栄ですわ」
ボート場。その言葉を出した時、そっとタリス夫人に視線を向けていたことを私は見逃さなかった。
その視線に一体どんな意味があるのか、そしてその時のタリス夫人の顔はどんなものだったのか。話している最中だから隣のタリス夫人の方を見られないからどんな顔をしているか分からないけれど……あまりいい顔をしていないような気がする。
「あの時は申し訳ございませんでした。ですが、お二人の仲睦まじいお姿についお声がけしてしまったのです。ご歓談されているお姿にこちらも和んでしまって」
「……」
「この国では政略結婚が当たり前ですから、お二人のような素敵なご夫婦がもっと増えたらと旦那様と話していたのですよ。ですから……」
止まらん。トメラス夫人の話がなかなか止まらなくて、こっちはだいぶ恥ずかしい。
「ぜひ夫婦円満のコツをお聞きしたいですわ。ですから、もしよろしければお茶会にご招待させていただきたいのですが、いかがでしょう?」
……なるほど、こちらでもお茶会の招待ですか。公爵夫人揃ってのお茶会の招待。しかも、さっきの視線……もしかして、トメラス夫人とタリス夫人って、あまり仲が良くない、とか? いや、よく知らないから決めつけるつもりはないけれど。
「あぁ、閣下がお忙しいことは承知しておりますわ。ですから、夫人お一人でのご参加でも構いませんよ」
なるほど、私と話がしたいと。
ちらり、と旦那様に視線をやると……小さく微笑んできた。好きにしていいよ、ということだろうか。
「では、ぜひ参加させてください」
「まぁ! とっても嬉しいです! すぐに招待状を送らせていただきますね!」
さて、二人はどんな話をするつもりなのだろうか。ゴマすり? さっきもゴマすってきたし。
二人は、私のことをどう見ているのだろう。自分達は公爵夫人だから、社交界では上の立場にいた。それが、一つ上の夫人が現れ、しかも他国の元王女。
あまり面白くはないかな?
「では、そろそろ妻を返してもらってもいいかな?」
話に区切りがついたところで、旦那様はそう言いソファーの前の方に回った。そして、手を差し出す。もう十分に恥ずかしい思いしたんだからもういいでしょ、と思いつつも内心ため息をつきながらその手を取り立ち上がった。
……早く帰りたい。
その後、主催者である殿下と陛下が会場入りしたタイミングでご挨拶をして、周りの方々と少し話をしてからやっと帰ることが出来た。
「お疲れ様、スイラン」
「……旦那様こそ、お疲れ様でした」
馬車に乗った後、ようやく安堵のため息を吐けた。夜会なんてこの国に来てから初めてだったけれど……だいぶ恥ずかしかった。
まぁでも、バレーヌ夫人のネックレスが取り出せたのだからいっか。後日手紙を送って開け方を伝える約束もしたし。
……公爵夫人達にお会いした時何言われるか分からないけど。しかも、トメラス夫人は夫婦円満のコツとか話したいらしいし。なら王妃殿下にお聞きくださいと聞きたい。
はぁ、それにしてもこの隣の旦那様のニコニコ顔……だいぶご満悦のようだな。まぁ、あそこまでやればな……今思い出しても恥ずかしい。
「これで、スイランは俺のだって周りに伝わったかな?」
「……でしょうね」
「ははっ、嬉しい」
ス~イランっ、と呼ばれると隣から抱きしめてはキスをしてくる。と言っても、そもそも結婚してるんだから俺のも何もないでしょ。旦那様の妻なんだから。
タリス夫人は、私がお茶が好きな事を知っていた。旦那様にいつも私自ら淹れてあげている事も。そして、バレーヌ夫人があの木箱が暁明王国で作られたものなのかもしれないと予測出来た事も。
という事は、お二人はちゃんと新聞を読んだという事になる。
「まさか、新聞の出版社を買い取ってしまうなんて思いもしませんでした。しかも、ダルナード家が買ったとは分からないようにだなんて」
「これくらいやった方がいいと思うけど?」
数日前、こちらに暁明経由で他国からいくつもの結婚祝いの品が贈られてきた。箱に王室の家紋が刻まれているから、実物を見ればどこから贈られてきたのか分かる。
そして、それを新聞に載せてばら撒いた。といっても、他国の名前は出さず、私が好きなお茶の名前を書いてもらった。どれもその国の特産物の茶葉だから、きっと調べればどこの国が贈ってきたのか簡単に分かってしまうだろう。私がどこの国と面識があるのかも分かったはずだ。
そして、暁明王国から贈られてきたものが入っていた木箱は、あの木箱のデザインと似たようなものになっている。それが新聞に載せられていたのだ。
でも……私が旦那様にお茶を淹れてるって情報はなくてもいいって言ったのに。それなのに書かれてるって事は、旦那様がこっそり言ったんだと思う。その日に配られた新聞を確認する時、ニコニコしてたし。
さて、これで周りはどう思っただろうか。とりあえず、公爵家の夫人達とお茶会をする事になるだろうから、それからね。




